2.歌川広重の部屋
1.名所江戸百景「亀戸天神境内」の不思議
1)名所江戸百景
広重と言えば「東海道五十三次」が有名ですが、その他にも「名所江戸百景」という傑作もあります。これは、広重最晩年の傑作で、安政3年(1856年)から没年である5年まで描き続けられたもので、江戸の名所を描いた120図にも及ぶ大シリーズです。私は「東海道五十三次」よりも好きな作品です。
この「名所江戸百景」(以後「江戸百」と表記)は、鳥瞰図などの奇抜な構図を多用しており視覚的な面白さがあります。また、このシリーズの「大はしあたけの夕立」と「亀戸梅屋舗」はゴッホが油絵で模写した事で有名で、この広重の構図の妙は印象派画家たちに大きな影響を与えたようです。
2)「亀戸天神境内」の初摺
「江戸百」には、図1の「亀戸天神境内」という有名な絵があります。
図1をよ〜く見てください。何かおかしいですよね。
そうなんです。橋の下の空の色がおかしいのです。本来は、橋の上と下で同じような色となるはずの色が池の色と同じになっているのです。この間違いのある絵は「初摺」と言われており、図2の後摺でその間違いを修正したと言われています。
(図1は、初摺のイメージを掴んで頂くために図2の復製品をレタッチしたものなので、細かい部分のボカシなどは初摺のものと異なっています)
3)初摺に関する疑問点
図1の初摺と言われている絵は、後摺といわれている絵と比較してぼかしを多用してあり、確かに丁寧に摺られています。その辺りが初摺であるとの根拠だと思います。
しかし、図1の色板の間違いに関してはどうでしょうか?このような間違いが本当に起こり得るのでしょうか。私はその件に関しては、疑問を持っています。
浮世絵の製作工程と初摺、後摺に関しては、「浮世絵とは?」で書いておきましたので参照してください。
最近はコインや貨幣などで、こうした「エラー品」は希少価値によって高価な値が付けられています。しかし、浮世絵の場合はどうでしょうか。
@何故、摺師が気付かない?
浮世絵の場合、摺師が墨板から順に色板を重ねて摺っていきます。つまり、摺師が1枚1枚摺り具合を確認しながら色板を摺り重ねて行くわけです。そのような時に、図1のような色板の間違いがあれば、
「なんだ、色板間違ってんじゃね〜か!」と言ってすぐに分かるはずです。
A絵師は何をしていた?
初摺りの良いところは、以前書きましたように「絵師が意図した色や線が充分現れているかどうか等を慎重に吟味する」という事があります。初摺りは、必ず絵師が確認するはずですので出来上がった絵を見て、間違いに気付かない訳はありません。
皆さんはどう思われますか
図1 名所江戸百景「亀戸天神境内」の初摺りイメージ (後摺り複製をレタッチ)
図2 後摺と言われているもの (複製品)