森川勇


愛知県一宮苅安賀で醸造業を営む大地主の旧家の3男として生まれる。早大卒。
父、勘一郎は瀬戸焼きに詳しく、元文部省文化財保護委員会の専門審議委員をつとめ、古陶磁鑑定の第一人者
であるとともに、当代一流の大収集家。昭和初期の「志野・黄瀬戸・織部」の大図録の著者としても知られる。
昭和27年末から30年まで文部省文化財保護委員会の事務局の嘱託として在籍。京都博物館所蔵の「金棺出現図」や
仁和寺の「孔雀明王像」など国宝名品の修理補修を森川家出入りの経師屋を動員して監督し、国家予算の乏しい修理費
の足りない部分は、私費で補うこともあった。
その目利きは相当なもので、骨董屋が束になっても敵わないと言われた。また、豊かな財力を持って骨董屋から安く
買い漁るので骨董屋仲間の評判はよくなかった。特に業者抜きの取引を行うため、コレクターという名の骨董屋だと
ささやかれることもあり、森川に対する業者達からの怨嗟は非常なものだったと言われる。
昭和33年、森川家所蔵の宗達「西行物語絵巻」(毛利家本、旧国宝、現重文)を指定による制約を無視して分断し譲り
渡した事件で国会の文教委員会で追求されることとなり勇、父勘一郎とも文化財保護委員会関係の役職から退く。


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