加瀬藤圃氏の主張


「陶説」1962年9月号より


日本陶磁協会の機関誌である「陶説」1962年9月号に、画家、かな文字研究家の加瀬藤圃氏の「乾山字母表に就いて」という一文が掲載されています。これは、7月号から3回に渡って連載されたものです。
内容は、「真乾山」(真作と言われているもの)と「新乾山」(佐野乾山)で使われているひらがなの字体を比較したものです。これは、私も「佐野乾山」の字を見たときに真正乾山の字と比較しようと思ったくらいですので、普通に思いつく手法だと思います。
その結果として、加瀬氏は、「真乾山とは似ても似つかない下手物であることは明瞭である。」と結論付けており、さらに発見者である斎藤素輝氏の文字と同じである、と断じています。
この後、贋作派はこの加瀬氏の主張をもって佐野で書かれた手控は贋作だと言っています。本来であれば、真作派であった専門家である東大の山根有三などと論争をすべきだったと思いますが、国家公務員であった山根氏は、この後佐野乾山に関する発言ができなくなり、加瀬氏の主張だけが残る結果となりました。

この加瀬氏の手法には、いろいろと突っ込みたい部分がありますが、それよりも結びの文として、

この手控えまでこしらえて東西の大デパートに堂々と陳列させた贋物業者の宣伝振りは、今までにない強引ぶりであつた。この大量生産の偽物も、始めから模造としてなら許せるが、真物の緒形乾山作として三点を数百万円でうるといつた悪辣な商売をしたから問題になつたと思う。猶問題になつても真物とみせようとした、森川氏は、まづ第一の明き盲で、これを絶賞して已まなかつた美術史家の数氏は、尚一段の半鑒耳食の徒である。その愚劣低見論ずるに足らぬヘボ学者である。二世紀以前の作品と今窯から出たばかりの下劣醜陋なるものとを辨別が出来ぬとあつては、今までなにを勉強されていたのかといいたい
(不適切な表現もありますが、原文のままとしました)


私はこれを読んで、暗い気持ちになると同時に、何か怪しいぞと感じました。私のこれまでの経験からして、美術界のように確実に言えることが少ない世界で断定的に言い切る人ほど信用できないと考えるからです。それにしても、加瀬氏の相手に対するリスペクトのカケラもない表現には呆れてしまいますね。

二世紀以前の作品と今窯から出たばかりの下劣醜陋なるものとを辨別が出来ぬとあつては、今までなにを勉強されていたのかといいたい。」という言い方は、佐野乾山事件の一年前に問題となった「永仁の壺事件」の時にそれを本物として商売を行っていた陶磁協会の一部のメンバーにこそ言うべき言葉のように思います。


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