佐野乾山を黒にしたもの

原因は国会での言論統制にあった?

本項は、現在の日本陶磁協会を批判するものではありません。
あくまで、40年前の事実を明らかにする事が目的です。



1.高津議員の変貌

●「永仁の壷事件昭和36年2月24日第38回国会文教委員会での発言
お伺いしますが、社団法人陶磁協会なるものがあって、そこには技官である小山富士夫氏が理事で入っておる。作者である加藤唐九郎氏は同じく理事で入っておる。それから梅沢彦太郎氏は理事長ですけれども、この人は今度の文化財保護委員会永仁の壷の問題のどさくさに、調査委員というか、この審議委員に今度入っておる。それからまた佐藤進三というのはここの専務理事になっておりますが、この人は税金を払わずにどんどん商売をやっておる。ほかの理事で広田煕という理事は壷中居の御主人で、むろん美術商です。繭山順吉という理事は国際的な焼きものを取り引きしている繭山商店の大だんなです。また理事の根津伊之助氏はやはり古陶器商です。中村一雄という理事はこれも陶器を商う水戸幸という有名な美術商です。それが「陶説」という月刊雑誌を出して、それでこのものがいいというようにじゃんじゃん書いて、あるいは講演をして歩き、加藤唐九郎氏はつぼを作り出し、佐藤進三氏は商品を売る方であっせんしてもうけるだろうし、小山富士夫氏は国家を代表して鑑定して重要文化財にする、そういう立場にあるのです。どうも加藤唐九郎氏一人の自作自演というわけではなく、その背後に社団法人陶磁協会というものがある。同じ穴のムジナと言っては悪いですが、言葉を改めれば同じ森の住人がなれ合いで今回の事件が起こったものだと思います。(中略) 「やっぱり佐藤氏なんかも箱書をしたりするわけですか」という質問に対して、「いや、佐藤は箱書しても通用しないから陶磁協会専務理事と『陶説』で行く。彼は権威者に箱書をさせて売り歩くんだ。永仁の壷も、けっきょく唐九郎に箱書させ、小山冨士夫氏に重文指定の見通しをきいて、売買の条件にしたんだろう」
こういう事実があるのですが、清水局長はそれをどう考えますか。
永仁の壷事件」昭和36年4月19日第38回国会文教委員会での発言
(中略)一方、加藤唐九郎という役者は日本陶磁協会の理事もやっておったし、またソ連に日本の伝統工芸を売り込んだときの、七千万円の売り込みをやったその責任者でもあるし、それから四千円の「陶器辞典」――あれが辞典としては最高のものでしょうが、「陶器辞典」の編さん者でもあるわけです。このような民間の陶器の方の大へんな権威者と、それから国を代表する権威者と、その権威は、編者にこういう人を頼むところを見ても、民間もこれを承認しているわけです。その者がなれ合いで、そうして税金を払わずに、加藤唐九郎の品は、大てい、日本陶磁協会の専務をやっておる佐藤進三という人のところで売買をされておるのです。最近にもその人の手で加藤唐九郎の品が動いておるわけです。その三人が全く同じ穴のムジナで、この間の委員会で使った言葉をむし返せば、同じ森の住人で、日本陶磁協会というものが非常に権威があるわけです。国の重要文化財の指定なんということをそういう三人が動かしておるというのが、私は現状であろうと思うのです。これは実に重大なことであって、日本の美術行政、そうして文化財の行政にとってこのガンを何とか料理しなければいけないと思うのです。小山富士夫という人を文化財保護委員会ではやめさせるつもりですか、どうですか。責任がありますか、どうですか。責任があることはもちろんだが、文化財保護行政において重大な汚点を残した。そのままでおるようであるが、河原委員長はどうなさるつもりですか。
●「佐野乾山事件昭和37年4月18日第40回国会文教委員会での発言
この佐野乾山なるものが二百点、三百点もたくさん出たときに、文化財保護委員会のあなた方の下僚の中で、これは本物なりというちょうちんをかついだといいましょうか、東西の両権威と認められておる――その東の権威というのは、東京国立博物館林屋晴三さん、あれは陶磁室長でしょう、それから京都では美術工芸室長藤岡了一氏、他にも名前をたくさん出しておられるが、そういう人が新乾山に対して、これはいいと言っておるわけです。それからバーナード・リーチを紹介して、連れていって、これはすばらしいと言わせたのも藤岡さんが案内役を勤めておるのです。それから森川さんを最初米政へ案内していったのは林屋さんなんです。すなわちみんな東西の両権威と認められる人が大いに動いて、これはいいものだと宣伝したのです。それは作品についてでありますが、今度はそれと表裏一体をなす関係にある佐野の手控帳なるものがたくさん出てきた。それに対しては東大の有名な、これを専門に研究しておる人が、これは本物だということを言われたわけです。そのくらい役所関係が本物説にみな回ったわけであります。
そこで問題はまだ残るが、出所がどうかということが一番大事なんです。私はある社の好意によって、きょう御出席の淡谷悠藏代議士、それから早くも勇気を持って、これはにせものだということを言われた山田多計治氏、――兵庫県の芦屋に住んでおられます、それから京都の加納白鴎氏は学者でもあり、制作者でもあり、こっちの大丸などで個展覧会などもやっておられる人だと聞いておりますが、そういう人と一緒に約二十点の現場の作品を見、そうして佐野手控帳も詳細に森川さんから説明を聞いたのであります。三時間以上でありました。それで、それが済んだあとで、私がまたその本物説をとっておられる有力な社の――社が違うのですよ。二人の方にきめ手は何ですかと、こう聞いた。その場合に第一は、「東西の両権威」という言葉は使われなかったが、東西の両権威がこの作品を認めておるじゃないか、本物説ではないか。第二は東大の助教授が文書を本物と認めているじゃないか。第三に、そんなに大量にできるかできないかという疑問があるが、それに対しては京都の工芸技術指導所の有吉栄三郎(?吉竹英二郎間違いか:私見)
という技師が証明しておるので間違いはない、問題は出所である。(後略)
佐野乾山事件」昭和37年10月29日第41回国会文教委員会小委員会での発言
(中略)世論はにせものともうきまったくらいにまで識者の間ではもうきまっておるのだ、こういうように私は思うのです。にせもの説が圧倒的に強くなったのは、東京の白木屋と大阪の大丸で展覧会をやって、一般にも識者にも公開したから、(中略)あれはにせものだという意見がどんどん出だしたことはすでに御承知の通りであります。それより前には芦屋に住んでおる乾山研究家の山田多計治氏、根津美術館奥田直栄氏、画家で文字の研究家である加瀬藤圃氏、乾山会会長の相見香雨氏、独立美術の小林和作氏、京都の陶芸家の加納白鴎氏、日本陶磁器協会梅沢彦太郎理事長、こういう人たちは以前にみな黒説を発表しておるのであります。しかし以後になりますと、芸術院会員の川端康成氏がそうだし、大阪陶磁文化研究所長の保田憲司氏もそれだし、茶道雑誌に書かれた古賀勝夫氏という研究家のもそれだし、あるいは芸術院賞の恩賜賞の田中親美氏も黒説であるし、芸術院会員の岩田藤七氏も黒説、芸術院会員の清水六兵衛氏も黒説、芸術院会員ではないが、人々が非常に認めている河村蜻山氏もはっきり黒説、例の加藤唐九郎氏も黒説、推理小説の松本清張氏は、最近の芸術新潮で、佐野手控えも初代乾山のものではない、それからむろんこの陶器も乾山のものではない――芸術新潮は展覧会の主催者であって、今まで文化財保護委員会文部技官、たとえば東京国立博物館林屋晴三氏とか、あるいは京都国立博物館藤岡了一氏とか、あるいは東大の乾山、光琳の研究家で、第一の専門家のように認められている山根有三氏とか、そういう人々の白説をじゃんじゃん書かしておった。宣伝しておった。その芸術新潮において今や――あれは二十枚の原稿か三十枚の原稿か相当長い文章ですが、松本清張氏がその中で手控えの方も作品の方も両方とも乾山のものではないという意見を発表しているのであります。ただしこの手控えは斎藤素輝氏のものではない。そこだけは違いますが、本物ではないという点ははっきり文章で書いている。それを芸術新潮が載せるに至っているのであります。だからこれに気をつけている人から見れば、もう白、黒はきまったのだというように思えるわけであります。役所の方は白だという意見をずっと言いっぱなしで、国立博物館というようなものを背景にして大宣伝したままにして、それから世間ではみんなこれは黒だ黒だと言い、識者はもう黒だと思い込んでいるというようなときに、まだあなたの方は発表の段階でないというのは実にわからぬですが、何かあなた方の方で隠しておかねばならない事情があるのかどうか、それをお伺いします。あなたの説明ではどうしてもわからない。
(中略)僕が八ツ橋絵皿を昭和廿七年以後と断定したのも当を得た観察であったことになる。この手控までこしらえて東西の大デパートに堂々と陳列させた贋物業者の宣伝振りは、今までにない強引ぶりであった。この大量生産の偽物も、始めから模造としてなら許せるが、真物の尾形乾山作として三点を数百万円でうるといった悪辣な商売をしたから問題になったと思う。猶問題になっても真物とみせようとした森川氏は、まず第一の明き盲で、これを絶賞して已まなかった美術史家の数氏は、尚一段の半鑒耳食の徒である。その愚劣低見論ずるに足らぬヘボ学者である。二世紀以前の作品と今窯から出たばかりの下劣醜陋なるものとを弁別が出来ぬとあっては、今までなにを勉強されていたかといいたい。それに自分が不明であったら、事実を事実として、ナゼ声明をして自分の鑒識の至らなかったことを天下にわびないのか。「自由な検討を期待し、なお識者の関心に応えたい」として公開された東西両地での展観に対しても官辺から何かの反応を示していただき世の疑惑を一掃してほしいものである。今後司直の手はこれにどう動くか、衆議院の文教委は政治的にどうさばくかが恐らく今後の課題となるであろうとおもう。」こういうように指摘しておるのであります。(後略)

2.高津議員の矛盾

〇件の損害額に関して

昭和37年10月29日第41回国会文教委員会小委員会での発言
これは指定されていないからということが理由で今のような御意見が出ておるのでありますが、しかし仁の壷の事件とこの事件を比べてみると、この事件の方が何十倍大きいかわからぬのですよ。そしてまた今出ておるにせ千円札が、きょうもまた出て、二百七十枚くらいになろうと思うのですが、これは二十七万円の金額なんです。その十倍出回っておっても二百七十万円なんです。しかし国はあれだけ動いておるのですよ。この問題は(新乾山が)二百も三百も出たというので、二億、三億という数億円の問題で、非常に大きな問題になっておるのであるから、これは指定品でないからというが、指定品でなくてもこんなに大きな問題になった場合には、やはりそういうことの鑑定の一番よくできるところは文化財保護委員会だと思うので、あなたの方でもう少し動いてもらいたいと私は思います。

⊃心罎和真決できまるか?

高津氏は、「にせもの説が圧倒的に強くなった」と陶磁協会関係の反対派の名前を列挙していますが、美術品の真贋は多数決できまるのでしょうか? 百人の業者が「良い」と言っても1人の目利きが「甘い!」と一喝すれば贋作となるのが、美術界だと思っていました。(笑) まあ、それは冗談ですが、1年前に贋作である「永仁の壷」をホンモノだと認めていたような日本陶磁協会に関連した人達が佐野乾山に対して贋作だと主張したとしても、それがどうして「にせもの説が圧倒的になった」と言えるのでしょうか?もし、真贋が多数決で決まるのであれば、私たち素人の意見も聞いて欲しいものです。(^^)


2.文化財保護委員会への圧力

昭和37年10月29日第41回国会文教委員会小委員会での発言
高津委員 今ま文化財保護委員会文部技官、たとえば東京国立博物館林屋晴三氏とか、あるいは京都国立博物館藤岡了一氏とか、あるいは東大の乾山、先琳の研究家で、第一の専門家のように認められている山根有三氏とか、そういう人々の自説をじゃんじゃん書かしておった。宣伝しておった。(中略)
役所の方は白だという意見をずっと言いっぱなしで、国立博物館というようなものを背景にして大宣伝したままにして、それから世間ではみんなこれは黒だ黒だと言い、識者はもう黒だと思い込んでいるとい
うようなときに、まだあなたの方は発表の段階でないというのは実にわからぬですが、何かあなた方の方で隠しておかねばならない事情があるのかどうか、それをお伺いします。あなたの説明ではどうしてもわからない。
一切の佐野手控えに書いてあることは全部おかしいということになってくるのでありまして、そういうように明瞭なことがあるのに、やはり林屋氏とか藤岡氏というものがそういう意見を発表されたままになっておる。それを黙って見ておるという害毒はいよいよ広まる一方だ、ほんとうのきめ手が出ておるのに、それを黙って文化財保護委員会見ておる。これはどうしたのだろうかという疑いがあるんですよ。
濱野小委員 われ誤てりとい藤岡了一さんの見解が出れば、これは落ちついてしまいます。しかし藤岡さんの見解として反論が出てくれば、これは君の言う定説というようなものは当分私は尾を引いてくる。
従って私の見解は、藤岡さんが再び反論をして、自分の説が間違いなかったということになれば、これは落ちつくところへ落ちつくどころの騒ぎではない。つかまされた人は憤慨するし、えらい問題が起きるのではないか、こう思っているので、あなたの説、落ちつくところへ落ちつくという説は、いささか私どもには承服できないところがあるのですが、それはいかがですか。
高津濱野両氏の意見により、中村小委員長も追い討ちをかけ、文化財保護委員の清水氏を追い詰めます。
中村小委員長 両委員の御質問はごもっともであるし、林屋藤岡両氏の行動は全く遺憾に考えますが、将来こういうことを再び繰り返さないように、何か当局の方で考えられていることでもありましたら発表願いたいと思います。
清水説明員 先般来高津先生、ただいまは前委員長のお話がございましたように、この種の問題についての責任の所在、権威を高めるという点から、今後私ども反省すべきは反省し、改善すべきところは改善して参りたいと思っております。この問題につきまして、付属機関である博物館の一、二の技官がややもするとマス・コミあるいは業者との関係についていろいろと疑いの持たれることのないようにいたしたいという意味合いから、この前私は事務局長といたしまして付属機関の館長を通じそれぞれの館におりまする専門技官にこの種の問題が今後出てくるであろうが、やはり学者としては正々堂々と自分の研究と経験を発表するのもよいが、どうか権威ある学術雑誌に発表すると同時に、やはり何といっても国家公務員であるから良識によって行動してもらいたいということを深く注意を喚起いたしました。それぞれの博物館長はそれぞれの技官にそれを通知し、また会議もして検討をいたしたという報告を受けておる次第でございます。



3.評論家達は何故指摘しない?

これほど明確な言論統制があったにも関わらず、これまでこの件に関して雑誌などで評論家達からの指摘は全くありません。佐野乾山に関しては、美術雑誌等には冒頭に挙げた出川直樹氏のようなコメントが掲載され、当時の事を知らない読者達に佐野乾山は「黒に近いグレーなんだ...」という認識を植えつけています。
何故、彼らはきちんと指摘しないのでしょうか? 私のような素人がちょっと調べただけで分かるような内容を専門家である評論家達が知らない訳はありませんので、意図的に避けているとしか考えられません。
しかも、このHPで紹介した当時の芸術新潮の記事「佐野乾山を黒にする謀略」に対して、「問題が表面化して僅か数カ月で、結論づけようとしたこの記事は軽率だったのかも知れない」と簡単に結論付けています。しかも、そこで指摘されている日本陶磁協会の問題には触れずに...。

何か大きな事件が起きた時には、発生当時の報道が一番正しいと言われています。それは、時間が経つに従って、力の強い勢力が自分達の都合の良い方向に言論をコントロールするからです。佐野乾山に関してもこれは当てはまるようですね。


(Since 2000/06/03)

佐野乾山に戻る

Mainに戻る