永仁の壷事件と佐野乾山事件
日本陶磁協会の奇妙な関わり
本項は、現在の日本陶磁協会を批判するものではありません。 あくまで、40年前の事実を明らかにする事が目的です。 |
1.永仁の壷事件の経緯とポイント (「贋作 汚れた美の記録」 長谷川公之著 を参考にしました)
年 月 | 事 項 |
昭和12年 | 加藤唐九郎、親友の軍部と関係のある刑部金之助の依頼で『永仁銘瓶子』を製作。 |
昭和18年春 | 小山冨士夫、奥田誠一・佐藤進三・満岡忠成らとともに東京の根津美術館で『永仁銘瓶子』を初めて見る。 |
昭和19年 | 根津美術館、唐九郎から<松留窯>出土陶片寄贈を受ける。690点の陶片に対して2,000円を支払う。 |
夏 | 『考古学雑誌』7月号に『永仁銘瓶子』が紹介される。 |
昭和21年1月 | 日本陶磁協会が設立される。 |
5月 | 日本陶磁協会で瀬戸古窯の小長曽窯をの発掘調査を実施。佐藤進三、小山富士夫、三上次男、加藤唐九郎、満岡忠成、本田静雄などが参加。 |
10月16日 | 東京美術倶楽部で小長曽窯の報告会を実施。『永仁銘瓶子』が展示され、唐九郎が展示品すべての解説をする。 |
年末 | 唐九郎、佐藤進三にもう一つの『永仁銘瓶子』の売却を依頼し、7万円で売却。 |
昭和23年12月 | 小山富士夫、『永仁銘瓶子』の一対を重要美術品に指定すべく、提案するが銘文の干支書き方に疑念が出され、4名が反対し認定されなかった。 |
昭和29年 | 唐九郎、『永仁銘瓶子』が掲載された『陶磁辞典』を出版。 |
昭和32年 | 『世界陶磁全集 2』に『永仁銘瓶子』が掲載され、満岡忠成が解説を行う。 |
昭和34年 | 小山富士夫、文化財専門審議会で『永仁銘瓶子』を重文に指定する提案を行い15分で決定される。(前回提案時に反対した4名はすべて他界) しかし、地元では疑惑が大きくなる。 |
昭和35年2月19日 | 小山富士夫、滝本知二・菊田清年・加藤鉱一ら地元の古陶研究グループメンバーと会議を行い、<松留窯>の陶片への疑念と唐九郎の不審な行動に関して聞かされる。 |
2月20日 | 『読売新聞』が「ニセモノの疑い深まる 重要文化財 古瀬戸焼き 保護委の小山氏が現地調査」と報道。 |
5月5日 | 疑惑を持たれた唐九郎、渡仏。 |
8月24日 | 『毎日新聞』に「永仁のツボは私が作った 加藤嶺男氏が爆弾声明」を報道。 |
9月25日 | 『朝日新聞』に唐九郎が自分で作ったと発言。 |
昭和36年3月 | 『永仁銘瓶子』は重要文化財の指定を取り消される。 |
4月19日 | 第38回国会文教委員会で問題となる。高津委員が鋭い指摘を行い、小山富士夫の進退を問う。 |
7月 | 小山富士夫、責任を取って辞任する。 |
本件に関しては、昭和36年2月24日/4月19日の第38回国会文教委員会で、下記のようなやりとりががありました。
高津委員の鋭い指摘は現在、何故かあまり取り上げられる事がありませんが、重要なポイントだと思います。
●昭和36年2月24日第38回国会文教委員会 | |
高津委員 | お伺いしますが、社団法人陶磁協会なるものがあって、そこには技官である小山富士夫氏が理事で入っておる。作者である加藤唐九郎氏は同じく理事で入っておる。それから梅沢彦太郎氏は理事長ですけれども、この人は今度の文化財保護委員会の永仁のつぼの問題のどさくさに、調査委員というか、この審議委員に今度入っておる。それからまた佐藤進三というのはここの専務理事になっておりますが、この人は税金を払わずにどんどん商売をやっておる。ほかの理事で広田煕という理事は壷中居の御主人で、むろん美術商です。繭山順吉という理事は国際的な焼きものを取り引きしている繭山商店の大だんなです。また理事の根津伊之助氏はやはり古陶器商です。中村一雄という理事はこれも陶器を商う水戸幸という有名な美術商です。それが「陶説」という月刊雑誌を出して、それでこのものがいいというようにじゃんじゃん書いて、あるいは講演をして歩き、加藤唐九郎氏はつぼを作り出し、佐藤進三氏は商品を売る方であっせんしてもうけるだろうし、小山富士夫氏は国家を代表して鑑定して重要文化財にする、そういう立場にあるのです。どうも加藤唐九郎氏一人の自作自演というわけではなく、その背後に社団法人陶磁協会というものがある。同じ穴のムジナと言っては悪いですが、言葉を改めれば同じ森の住人がなれ合いで今回の事件が起こったものだと思います。いろいろ調べておると、一番はっきりとものを言った記事が昨年の十一月号の「芸術新潮」に出ております。そこにはこういうようにはっきり書いてあるのです。秦という大へんな偉い人ですが、 「米子のなんとかいう人も」 これは深田雄一郎氏のことですが、 「自分で買う目がない。そこで陶磁協会の佐藤先生に相談する。佐藤がいいというと買うし、いけないというといいものでもションベンしている。だから恐らくこんどの場合は、佐藤は唐九郎か誰かから、いいもんだというようなことを聞いて、無邪気にいいと思って『ここにこういう売り物があるんですが、買ったらどうです、外国へ流れるのが惜しいから小山氏は重文にしたいというのだけれども』というような調子で話したんだろうと思うナ。佐藤というのは、こんどのツボにかぎらず、あちらにあるものこちらにあるものを知ってるから器用にかせいでいるヨ。彼は謝礼が最低一日五千円で飛行機代を出させて田舎回りをやるんだが、ヨロクの方がずっと大きいわけだ。税金を払わないで道具屋を上回ってるような商売さ。協会を通じていいお客をつかまえて、道具屋から買った物は必ずクサレ、ションベンさせては、自分の預ってる委託品だけはどんどん売ってる」 それから 「やっぱり佐藤氏なんかも箱書をしたりするわけですか」という質問に対して、 「いや、佐藤は箱書しても通用しないから陶磁協会専務理事と『陶説』で行く。彼は権威者に箱書をさせて売り歩くんだ。永仁の壷も、けっきょく唐九郎に箱書させ、小山冨士夫氏に重文指定の見通しをきいて、売買の条件にしたんだろう」、 こういう事実があるのですが、清水局長はそれをどう考えますか。 |
清水政府委員 | 私、事務局職員の監督者の立場にございますので、民間のそういう方面の売買する人の関係も内々調査いたしたのでございます。小山技官が財団法人日本陶磁協会の理事をやっているように聞きましたので、さっそく本人に、これは誤解を生む関係があるし、やめたらどうかと申しましたところが、実は三十二年でございましたか、辞任を申し出た、ですから私は理事でないと思っている、ただしその後、役員会ではないが、私がやはりその方面の専門者であるためから、アドバイザーという意味においていろいろな会議には出ておる。それから私としてそういう業者とあっせんするとかなんとかいうことは何にもございませんと言っておりますが、私自身としていろいろ調べましたけれども、小山技官についてはそのようなことは全くないと私はここで断書できる次第でございます。今いろいろ佐藤云々のお話がございましたが、その方面のことは調査いたしておりません。それから新しく焼物関係で陶磁協会の会長の梅沢氏に専門審議委員に委嘱いたしました。この方はその方面の多年の経験、鑑識を持っておられます。このたび永仁のつぼを中心とした調査にも、まことに傾聴に値するりっぱな御意見を次次と出しておられる次第でございます。昨年の秋、文化財保護委員会といたしまして、永仁の壷を中心とした調査に臨む態度といたしましては、申し上げるまでもないことでございますが、従来の行きがかりにとらわれたり、あるいは面子などということを考えず、とにかくあるべき姿、正しい姿を調査するように、またそういうつもりで全部やっております。是は是、非は非として、文化財保護委員会といたしましても今後改善するところは直ちに改善して、より一そう慎重に、いかに慎重にしても慎重にし過ぎることはないのでございますから、このたびの調査もそういう立場からやっておるのでございます。 |
高津委員 | 加藤唐九郎氏の作った国宝扱いになっておる、すなわち重要文化財に指定されておる黄釉蓮花唐草文四耳壷というものがありますが、これは東京国立博物館が買い上げたのです。その場合にも佐藤進三氏はタッチしておるというのでありますが、この鎌倉時代の優秀な重要文化財に指定するといわれるこのものが、加藤唐九郎氏が作ったということを本人が言っておるのですが、これはどうですか。 |
清水政府委員 | このたびの永仁銘古瀬戸瓶子を中心とする調査にあたりましては、形の整ったもの全部九十一点、破片を百六十何点集めました。出土地の明らかなもの、出土月日の明らかなもの、もちろんその中にはいわゆる新しいと思われるものを全部入れまして比較検討いたしたわけでございます。先ほど申し上げました通り、永仁銘古瀬戸瓶子につきましては一つの方向で進んでおります。ただいま御指摘のいわゆる四耳壷は、確かに東京博物館の所有で買い上げられたことも聞いておりますが、佐藤某氏のあっせんかどうか、その点はまだ調査いたしておりません。とにかくその永仁銘古瀬戸瓶子を中心として、表現は何と申しますか、芳しくないと申しますか、おもしろからざる方向に進んでおるものが一、二点あるということを申し上げておる次第であります。 |
●昭和36年4月19日第38回国会文教委員会 | |
高津委員 | 小山富士夫という人は、平凡社の十八巻出ている「世界陶器全集」のただ一人の監修者です。全十八巻をみな一人で監修しているわけです。それから河出書房の「世界陶磁全集」、それでも第十巻、第十三巻、第十四巻、第十六巻というようにこの人が監修をされて、解説を書いている。何せ重美にするのも重文にするのも国宝にするのも、文部次官にはわからぬ、あるいは文部大臣にもわからぬ、その人が陶磁の専門家であるから、その人が全く生殺与奪の権を持っておる。国が認めておる全国最高の鑑定者という地位なんです。一方、加藤唐九郎という役者は日本陶磁協会の理事もやっておったし、またソ連に日本の伝統工芸を売り込んだときの、七千万円の売り込みをやったその責任者でもあるし、それから四千円の「陶器辞典」――あれが辞典としては最高のものでしょうが、「陶器辞典」の編さん者でもあるわけです。このような民間の陶器の方の大へんな権威者と、それから国を代表する権威者と、その権威は、編者にこういう人を頼むところを見ても、民間もこれを承認しているわけです。その者がなれ合いで、そうして税金を払わずに、加藤唐九郎の品は、大てい、日本陶磁協会の専務をやっておる佐藤進三という人のところで売買をされておるのです。最近にもその人の手で加藤唐九郎の品が動いておるわけです。その三人が全く同じ穴のムジナで、この間の委員会で使った言葉をむし返せば、同じ森の住人で、日本陶磁協会というものが非常に権威があるわけです。国の重要文化財の指定なんということをそういう三人が動かしておるというのが、私は現状であろうと思うのです。これは実に重大なことであって、日本の美術行政、そうして文化財の行政にとってこのガンを何とか料理しなければいけないと思うのです。小山富士夫という人を文化財保護委員会ではやめさせるつもりですか、どうですか。責任がありますか、どうですか。責任があることはもちろんだが、文化財保護行政において重大な汚点を残した。そのままでおるようであるが、河原委員長はどうなさるつもりですか。 |
河原説明員 | まず最初に、局長からも申し上げたろうと思いますけれども、文化財保護委員会が指定いたしましたものを、その指定を解除するというような事実を招来いたしましたことについて、まずおわびを申し上げます。 それからただいま御質問のありました小山技官の問題でございまするが、これが国家公務員法に規定しておりまする懲戒処分等に該当するものでありますれば別といたしまして、本人はその当時ただ職務を遂行しただけでありまするから、小山技官に対して懲戒処分をするというようなことは考えておりません。もちろんわれわれの知らざるところにおいて刑事事件が起こるというようなことがありますれば、それはもう別問題でございますけれども、ただいまそういうふうに考えていることだけをお答え申し上げます。 |
高津委員 | 瀬戸市の古瀬戸研究家が十三カ条も書いて、詳細に、これは間違いだといって出したのです。これにはきめ手が ない、とるに足らないといって、それを出したあとで反駁している。官尊民卑で、役所のやったことには間違いないのだという顔をしていたわけです。しかし、あんまり世間がやかましいから、ことに本人が自分で作ったということを、パリから帰って発言したのですから、そこで今度は前の言葉を改めていくというか、裏切ってというか、前とは違って、仕方なく調べて三つだけ出した。今そこまでの段階になっているのでありますが、これは職務の遂行上に誤りがあっただけで、懲戒処分をする考えはないというお考えでありますけれども、文化財の権威をそんなに失墜させることをやったということは、ちょっとのあやまちじゃないと思うのです。職務のあやまちはなかった、だから懲戒処分は考えておらぬ、こう言われるのでしょうか。なかなか大きいですよ。 |
2.佐野乾山との比較
主な真作派 | 主な贋作派 | 真相 | |
永仁の壷事件 | ・文部技官:小山富士夫 |
・重要美術品選定委員:大場磐雄、田沢金吾、香取秀眞、柴田常恵 | 贋作:加藤唐九郎の作 |
・日本陶磁協会:加藤唐九郎、佐藤進三、満岡忠成、本田静雄 など | ・地元の古陶研究グループ:滝本知二・菊田清年・加藤鉱一 | ||
佐野乾山事件 | ・蒐集家:森川勇、森川勘一郎、青柳瑞穂 | ・研究家:山田多計治 | 真作? |
・陶芸家:バーナード・リーチ | ・陶芸家:加藤唐九郎、石黒宗磨、荒川豊蔵 | ||
・京都国立博物館工芸室長:藤岡了一 ・東京国立博物館:林屋晴三 ・東大教授:山根有三 |
・日本陶磁協会:佐藤進三、梅沢彦太郎、黒田領治、小森松庵 、久志卓真、磯野信威など |
●両事件に「佐那具陶研」という補助線を引くと日本陶磁協会の立場が明確になるかも知れません。
3.蛇足