渡邉達也の「真贋 尾形乾山の見極め」

「佐野乾山」を追い続けてきた研究家の名著

第13章 蛍光X線分光分析鑑定などの影響



第13章 蛍光X線分光分析鑑定などの影響

最近になって判ったことなのだが、新佐野乾山を蒐集した森川勇氏は、自力で嗜好品を求めただけの話であり、贋作説は個人の財産に限度を超えた意地悪な苛め、そして人権にも関わるような干渉的な真贋論争にすっかり閉口し、心底腹を立てて「他人の物でない私の物だ、私の物でなぜこのように苛められなければならないんだ。思いきり叩き割りたい位だ」と、私に積もり積もった憤怒の心情を語ったことがあり、彼はその真偽のほどを確認すべく、科学調査を依頼したとのことなのであった。
この科学調査は、蒐集家の森川勇氏と作品の入手に関わった国立博物館林屋晴三技官が、その当時、東京工業大学の助手加藤誠軌氏(東京工業大学名誉教授、現岡山理科大学教授)に人を介して科学調査を依頼したもので、加藤誠軌編著「X線分光分析」(内田老
鶴圃 1998年刊)に、概要が掲載されているので、記してみよう。(中略)
「少量の上絵具を採取し、昔の顔料と現代の顔料を数十種用意し、それらを標準にして定性分析をした結果、佐野乾山の顔料は非常に純粋で、昔あるはずがない顔料が検出した。分析結果はM氏に伝えたが公表はしなかった。著名人士を巻き込んで賛否両論が国会まで持ち出された『佐野乾山』は偽物であることが、この方法で科学的に証明された。現在では『佐野乾山』の作者も判明しているという」
と、その当時助手であった加藤誠軌氏の鑑定論であるが、しかし、いくらXRF装置による分析であっても、その方法に根本的な誤りがあることに、素人の私でさえも気がつく。
(1)おおよそ比較顔料を年代の判明している日光東照宮の塗料顔料ということは、比較すべき対象を誤っている。つまり、その当時、佐野乾山と認められている栃木県氏家町滝沢家蔵の、「色絵、梅・蘭・水仙図火入」、「色絵 夏山水図菓子皿」、「あわび型菓子器」などを比較材料としなければいけない。しかし、この滝沢家蔵以外に佐野乾山とされるものがあればそれを比較物件とされるのもよいと思う。たとえば、元慶応大学教授仏文学者の青柳瑞穂氏が蒐集した佐野乾山の「桔梗図長角皿31×27cm」、「朝顔図小角皿」(日本のやきもの23 乾山、佐藤雅彦編 講談社昭和51年刊) 「秋海棠図小角皿」の3点は、昭和
32、3年頃に日本陶磁協会主催の白木屋における「乾山」展に出品されたもので、滝沢家蔵作品と同じように加藤鑑定の比較作品とされなければならないものである。
(2)昔にあるはずがない顔料を検出したとは、一体どういうことなのであろう。あるはずがないのならば、出るはずがないのである。つまり出た顔料(元素)は、その当時まだ発見されず、知られていなかった、或いはしらなかった、のいずれかだ。なぜ加藤氏はこの元素問題について安易な説明をしてしまったのか、権威を自任する科学者の発言として、誰がこれを信じるというのであろう。この判断で真贋を云々し、佐野乾山は偽物であると証明するにいたっては、鑑定者としての資格はない。まして、分析資料は全部紛失して行方不明というし、全く無責任な話である。昔にあるはずがない顔料(元素)名も発表していないとは、まことに呆れたものだ。
おそらく、元素の分析学などに疎い両人は、その当時に無い顔料が出たという説明で、ただ、この結果が、もしかすると、と思いこんだのかもわからない。(中略)


もし、この鑑定が少なくとも森川氏と林屋氏の行動に影響したとすると、科学に弱い一面で致し方のない話であるが、冷静に考えてみれば、本来はその矛盾に気づいて、信じなくてもよかったのだ。それにしても、37年も前の「佐野乾山」真贋問題の杜撰な鑑定結果を発表し、そのあげく「佐野乾山」を偽作と決定して「作者も判明しているという。」などと実しやかに表明している加藤教授の意図は一体何なのであろう。まさか誰も証明できなかった贋作事件を、私が初めて判定を下したという自負心、つまり業績を公表しておきたかった。もし、そうであるとすれば、あまりにも軽率な科学者ではないだろうかと私には思えてならない。


また、加藤教授は私の知人に対しての返信によると「X線分光分析の話は、森川氏の数十点所蔵品の一点を調査したもので、その結果森川氏の佐野乾山がすべて偽物だといっているのではない」とのことで、発表された文章とは、全く辻褄が合わない。それならば、なぜ「佐野乾山は偽物であることが、この方法で科学的に証明された」と書いたのか、これでは僅か一点を調査したことで全体が偽物であるという意味になる。そして分析した一点だけが、つまり偽物の対象だとした言い逃れの内容であり、あまりにも不可解な加藤教授の説明であった。なお、蛇足ではあるが加藤教授は機械による分析家ではあるけれど、美術品の鑑定家ではない。
次に、加藤誠軌教授の「X線分光分析」による佐野乾山の鑑定を、疑問視する住友慎一氏が、自ら蒐集した佐野乾山作品について同方法で分析し、その結果について発表しているので、加藤鑑定を判断するよき資料として紹介しておきたい。

XRF装置による定性分析について
加藤氏の陶器の真贋鑑定で『昔の顔料と現代の顔料を数十種用意して、それらを標準にして定性分析した。分析の結果は佐野乾山の絵具の顔料は非常に純粋で、昔にはあるはずがない顔料も検出した。・・・佐野乾山は偽物であることが、この方法で科学的に証明された。』と、この著者が決断を下している。この文章に不審を感じた私は何人かの科学者にこんなことで結論が出せるものか相談してみた。私が思った通り、皆こんな程度の実験でこの結論がでる筈がないと言うことであった。
しかもその資料は全部消失したということで、今唱えられる論文ではない。昔の顔料(日光東照宮の塗料)と現代の顔料(佐野乾山の作品)を標準にしたとあるが、比較をするなら佐野乾山の作品と年代の確定している楽焼の乾山作品を比較すべきである。乾山の楽焼は本焼の作品と陶器の技法や釉に微妙な差異がある。先ずこの点で初めから誤った実験をしている。次に佐野乾山の絵具の顔料は非常に純粋で、昔あるはずがない顔料が検出されたとある。この点も曖昧で、昔ある筈がない顔料とは何であるか。その顔料の名前を言っていない。これは科学者の言葉とは思えない論文で、学界にこんな論文を提出しても誰も信用はしない。


私はこの論文に不信を感じたので、佐野乾山の松浦潤氏が偽物といっている作品の定性分析を試みてもらった。加藤先生の試みたX線分光分析の実験は今から約40年前のことである。今度の分析機械は尤も新しいもので、日本には余り輸入されていないと言われているもの。定性分析には色々あり、吸収スペクトルを利用する方法、ハイテク分析機器、光散乱トモグラフ検査、熱カソード:ルミネセンス検査、X線利用分析等の種類があり、今回は加藤先生の使用したX線を利用する方法、即ち蛍光X線分析装置(XRF)です。
分析の対象物は松浦潤氏が偽物と断定した「光琳・乾山の世界」と
いう図録の74ページにある乾山作の面の赤の部分で、その分析結果は表に示す通りであります。これをみると、ケイ素やカリウム、カルシューム、チタン、亜鉛、セリュウム、鉛、鉄等が入っており、地球ができてから存在するものばかりです。特に赤色は鉄を使って陶器に絵つけしているのはよく知られています。陶器にこの赤を鮮やかに出す工夫は乾山の研究によるもので、乾山以外には出来ていませんでした。それはこの中に含まれている他の化合物との調合の妙によるものでしょう。それは鉄とどの化合物とを調合するとこんな鮮やかな赤が出るのか、今後の研究課題です。(後略)


以上は佐野乾山の作品を、科学分析によって元素を確認したものであり、乾山技法の真髄をを認識し作陶の状況を追求すべく、従来まで行われなかった方法を、コレクターの住友慎一氏が贋作説をあくまでも主張する人たちへの、貴重な資料を提供したことになる。これをみれば、自ら調査研究もせず、過去の贋作説を借用し、いたずらに皮相的な見解を述べて、その軽率さに気づかない上に、乾山絵画の芸術性も感知できない松浦潤氏や、リチャード・ウィルソンなどが、佐野乾山の真贋云々を広言することは、まさに社会的にも不見識な行為と私には思えてならない。



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