ユダヤ − フリーメンソン


●「(上原)閣下ハ日本人ニ非ヅ」
王さん曰く。閣下は日本人に非ず、とのこと。
辺さん言う。ユダヤに加わっておると言う意。甘粕さんも。

(「ニューリーダー」 2003年8月号 原文はカタカナ)

王希天は「上原閣下は日本人ではない」と言う。またしても難解なこの言葉を、渡辺政雄が解説して「ユダヤに加わっているとの意味だ」と教えてくれた。「当然、甘粕さんも同じ、ということだ」とも言った。

(落合氏解説)

ここで「ユダヤ」とは何か。ユダヤ人(ジュイッシュ・ピープル)の民族国家たるイスラエル共和国は当時まだ建国されていない。
世にユダヤ人と呼ばれる民族の中には、セム種だけでなく、トルコ種の一種カサール族が混在していることを、哲学者アーサー・ケストラーが明らかにしたのは、ずっと下って1974年のことである。ケストラーの暴露により、古来言われてきたユダヤ人の中の二系統、すなわちセファルダムとアシュケナージの由来が初めて外部に明らかにされた。前者は本来のセム系ユダヤ種、後者はアーリア系トルコ種というわけである。
ジュイッシュの国民国家を宣明するイスラエル共和国は、ジュイッシュの定義を「ユダヤ教信者の女性から産まれて現にユダヤ教の信者である者」としていると聞くが、これでは人種的・系統的定義にはならないはずだ。
現にシナ大陸にも古来ユダヤ人が在住しているが、元の国家主席劉少奇もその一人で、死後その遺体は開封に送られた。開封が彼らの本拠地だからであるとも聞いた。彼らは歴代秘密裡にユダヤ教を奉じてきたとのことで、近年のことだが、イスラエルに移住してその国民になりたいと名乗り出た。イスラエル政府は困惑したらしいが、結果がどうなったか聞いていない。彼らは、少なくとも見かけは一般の漢民族系中国人と少しも変わらないが、イスラエル政府の定義したジュイッシュにも当てはまるのである。

(落合氏解説)

つまり、ジュイッシュ=ユダヤ人とはセム系、トルコ系あるいはそれ以外も合わせた総称だから、人種的定義は無理で、むしろ文化的、宗教的、習俗敵な共通点を持つ人々の集団と定義するしかあるまい。さらに、世上「ユダヤ」という場合には、イスラエルのような宗教国家の国民を指すわけではなく、むしろ世に潜在した秘密結社の構成員を指すことのほうが多いことは否定できまい。例えば「欧米の政治家・軍人・金融家にはユダヤが多い」などと囁かれる場合には、宗教にはほとんど関係なく、また人種や血統にもそれほど関係なく、むしろ秘密結社員としての側面を指すものと思われる。

(落合氏解説)


渡辺政雄が、王希天呉達閣もさらには上原元帥甘粕大尉も、すべて「ユダヤ」と言うのだから、ここにいう「ユダヤ」とは明らかに後者の意味である。因みに、工兵科の陸軍中将鎌田詮一は、陸軍士官学校の士侯29期(大正6年卒業)で、米国陸大に留学したときマッカーサー元帥と知り合ったために、戦後マ元帥接伴委員会の副委員長になったが、その著書で「もし上原元帥が今なお存命なら、マ元帥との上原元帥との会見はあたかも勝海舟と西郷隆盛の品川会談のごとく、談笑裡に占領を済ませてしまったはず」と記している。
鎌田は陸軍砲工学校から京都大学工学部土木科をも卒業した工兵科の中枢、つまり上原勇作の直系である。鎌田のこの言は、上原元帥とマ元帥との間に国際的な秘密組織を介した関係があることを示唆していると見てよい。むろん鎌田自身もその一員のはずだ。
いうまでもなく、マッカーサーはフリーメンソンの最高階級として知られ、自署にそれを表す記号(33°)を添えた書簡が、麻布の海軍水交社跡(メソニック森ビル)の東京ロッジに今も飾られている。ついでに言えば、そこには韓国大統領李承晩が「東京の兄弟分」に贈ってきた李朝写しの葡萄を描いた磁器の壷も飾られている。

(落合氏解説)

先進国への留学生が秘密結社に勧誘されるのは国際的常識らしい。だとすれば、上原も甘粕も、フランス留学を機にそのような団体に入会した可能性がある。また、二人とも愛人の関係でポンピドー牧師とは縁戚なのだから、なおさらその確率は高い。王希天ら天津南開中学の出身者はキリスト教の看板に隠れた日本工作組の一派であったが、彼らもポンピドーと同じ「ユダヤ」であることは、本人の言だから間違いない。

(落合氏解説)

甘粕に関する必須文献である角田房子の「甘粕大尉」にフリーメンソンに関する記述があります。

『フランス時代の甘粕はフリーメーソンに関係していた、または日本人メーソンであった − という説がある。大東会編「甘粕正彦先生の年譜」(昭和40年発行)にも「パリーではFMのグレート・トリアント・フランスに入社、ヨーロッパの枢要地を視察・・・(後略)」と書かれている。(中略)
大杉事件という過去を持つ元憲兵・甘粕とフリーメーソンが結びついたとすれば興味深いが、滞仏中の甘粕の世話をした澄田来四郎遠藤三郎の二人は「噂を聞いたこともなく、信じられない」という。
「武官時代にフリーメーソンを調査し、本省へ報告書を出したことがある」と語る澄田は、この秘密結社に精通している。彼は、「あの当時甘粕が近づけるような結社ではない。彼の語学力を考えただけでも不可能だ」と語った。』

この内容を読んだ限りだと、甘粕とフリーメンソンの関係を否定する重要な材料は、澄田氏の証言ですね。しかし、甘粕と澄田氏も同じような任務をもって渡仏していたと思われますので、これを安易に信用する事はできないと思います。(だいたい澄田氏がメンソンを調査していた事自体何かあやしくない?(笑))
周蔵手記の内容からして、この角田氏の本の渡仏時の記述はあてにならない事(ミスリードが目的かも知れません…)が分かってますので、当の大東会(フリーメンソン)が言っている方を信用する方が正しいと私は考えます。


「ユダヤ−フリーメンソン」などと言うと、すぐに「また、ユダヤの陰謀論?そんなのあるわけないじゃない!」と言われそうですが、ちょっと待って下さい。(^^)
世にある「ユダヤの陰謀論」がすべて本当な訳はありません。(これは当たり前です)
問題は、すべてをまとめて否定する事で思考停止する事が多いことです。オウム問題にしても、拉致問題にしても、最初は「そんなことある訳ないじゃない」と否定されていました。(これは多分に関係者からのミスリードがあったと思いますが…)常識的に考えれば納得しやすいため、多くの人がそこで思考停止に陥りました。
「ユダヤの陰謀論」に関しても、すべてをまとめて否定するのではなく、個々の内容を見て、きちんと議論してから判断をすべき物だと思います。



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