張作霖爆殺

(1)一番困るのは田中義一


●張作霖爆殺 「誰カに聞キタヒ」
昭和3年6月4日、北京政府の大元帥に就いていた事実上の奉天王張作霖は、蒋介石の率いる国民党軍の北伐に抗しきれず、北京から奉天に専用汽車で引き上げる途中、関東軍の工作によって爆殺され、死亡した。暗殺の首謀者たちは南方派志士と見せ掛けた麻薬患者の死体を現地に放置して、真相を隠そうとした。折りしも予備陸軍中将貴志彌次郎は、張作霖の次男学銘を手元に預かり千葉の陸軍歩兵学校で学ばせていたが、作林被爆の知らせを聞くや直ちに現地に向かう。貴志は火薬や爆破方法を自ら調べたうえ、関東軍による工作と断定し、その旨を密かに首相田中義一に報告した。むろん、真の親分の上原元帥にはそれ以前に報告しているはずである。

(落合氏解説)

『周蔵手記』昭和3年6月条
6月中
張作霖死亡のこと聞く。
一体どうなっているのであろうか。誰かに聞きたいが、甘粕さんはおらず、話せる人はなし。
閣下に会いに行こうと思った。行ってみたが、腰ぎんちゃくの宇都宮しかおらず、だめ。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

張作霖死亡を聞いた周蔵は、判断に戸惑うばかりであった。上原勇作の根本戦略とは、張作霖を完全に我が方に取り込み、後押しして地方政権を建てさせ、ソ連との緩衝地帯を保持せんとするものと理解していたが、それでは今回の暗殺を測りきれなかったからである。貴志中将が一家をあげて張作霖一家と交わり、これ以上ない懇親にいそしんだのも、その目的のためである。その張作霖が暗殺され、犯人は日本軍としか思えない。一体どうなっているのか、誰かに解説してもらいたい。とりわけ甘粕さんに聞きたいが、あいにく満州へ行ったきりである。そこで上原閣下に会いたいと思い、自邸を訪れてみたが腰巾着の宇都宮直賢しかおらず、どうにもならない。

(落合氏解説)

● 「結局 一番困ルノハ 田中義一」

思うに、これで一番困るのは誰か。

宇都宮の話では、関東軍の河本という人物だとのこと。
勿論田中は知っていた、と宇都宮は云う。「閣下は」と問うと「バカを云うな。閣下が知っていれば、張作霖が死ぬ訳がないだろう」と云わる。表向きはそうだ。宇都宮はそう云わされているのだろう。この男は表帳簿のような男だ。閣下が一声怒って見せればそれでよいのだ。

(「ニューリーダー」 2001年4月号 原文はカタカナ)

周蔵はやむえず、自身の思考により難題を解決しようとする。まず張作霖死亡で一番困るのは誰か、そのことを考える。宇都宮は、犯人は関東軍の河本大佐、と教えてくれた。もちろん、田中義一首相はそのことを事前に知っていた、と言う。「それじゃ上原閣下は?」と問うと、「バカ言うな、閣下がご存知なら、むざむざ張作霖を死なせる訳がないだろう」と吠えた。確かに表向きはその通りであり、宇都宮はそう言わされているようだ。この男は二重帳簿の表のほうだ。閣下が一声怒声を発すると、それを受けて広報するだけが仕事だ。

(落合氏解説)

現に、「それで閣下はどうされた」と問うと、「お前が何を気にするか」と云いながらも、勿論、前もっての鼻薬十分であるから一とおりは云った。
田中を許せない、と怒っていた。何だったら、陛下に言上するもやぶさかではないと怒ったとのこと。非常に怒っており、然しがっかりもされておる、とのこと。
夜はどうされているか、と問うと、それは分からんが、書物は読まれておるようだ。心配するな、閣下はそれくらいではへたばらない、大丈夫だ、と云わる。
勿論、そのくらいでは、へたばらんだろうと思う。
結局、一番困るのは、田中義一であるまいか。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

現に、周蔵が上原閣下の動静を問うと、「お前ごときが気にして何になる」と、バカにしながらも、普段たっぷり小遣い銭を渡しているから、一通りは解説してくれた。「閣下は、田中を許せないと怒っておられ、何だったら陛下に言上するもやぶさかではない、とまで申された。非常に怒る一方で、落胆もしておられる」と言う。「それで、夜分はどうしておられるか?」と問うと、「そこまではわからんが、読書されておられるようだ」とのことである。「心配するな、閣下はこんなことくらいではへたばらない、大丈夫だよ」と表帳簿は力む。宇都宮がここまで言うのを聞いて、周蔵は真相を覚った。
無論、上原閣下はへたばらない、へたばるはずもないのである。河本の背後には当の閣下がいたはずだから。結局、張作霖暗殺で一番困るのは、天下周知で親張作霖路線を進めてきた上原元帥ではなく、あからさまに上原を妨害してきた田中義一首相のほうではあるまいか。

(落合氏解説)


● 「中野(正剛)ノ女カラ拾ッタ」情報

自分は去年の内に、張作霖始末のこと、中野の女から拾った。
一応は、種元を明かさず、張作霖始末の噂ありと閣下には出した。
中野は、一旦女を捨てておきながら、女が病気を治し身じまいを整えて目の前に現れたら、やけぼっくいの火をやった。
女に対しては、自分は賭けだった。奥多摩の寺に頼み、世話をして貰った後、身元保証人も引き受けてもらった。奥多摩界隈では、あれほどの女はいない、というから中野も改めて見て、惜しくなったのか。今迄のように丸抱えでなく、巻さんの所に務める形式だから余計気が楽で、引っかかったのだろう。
その女の情報だから、自分も半分は信用できなかった。私娼窟くずれの女だし、所詮は自分のことは裏切るだろうと思っていた。然し、女の云うとおりであった。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

周蔵は去年のうちに張作霖暗殺計画を中野正剛の愛人から聞いていた。そのネタ元を明かさずに、上原閣下にはこんな噂がありますよ、と報告しておいた。中野正剛は、結核になった女を一旦捨てておきながら、病気を治して身支度整えて、再び眼前に現れたら焼けボックイに火が着いてしまった。
周蔵が新宿の大黒座脇の歌舞伎横町の私娼窟からこの女を救い出したのは、一種の賭けのつもりであった。身請けした女を奥多摩の寺に頼んで置いてもらい、治療させた後、身元保証までしてもらった。奥多摩界隈ではこれほどの女はいないと評判が立つほどで、再会させたら中野は改めて手放すのが惜しくなったようだ。以前のように中野が囲う形ではなく、巻さんの水産会社の社員扱いとして月給で渡したから、中野も余計気が楽で、女に溺れやすくなったのだろう。この計略が見事に嵌り、周蔵の大得意が目に見えるようである。この種のビジネス的成功の喜びを他人に語る術もない「草」にとっては、日誌につづることが唯一の気晴らしであった。
その女の情報だったから、周蔵は半分も信じていなかった。私娼窟崩れの女だし、やがては自分を裏切るだろうと覚悟していたからである。しかし、女の言は本当であった。

(落合氏解説)

関東軍がやる。
関東軍の中に、やる人間が誰か、となると カワモトだ、と云った。
何故、中野が女にそれを云ったか、である。中野はそれを知っている。それは、閣下も知っている、と云うことだ。
女の云うには、田中義一は蒋介石と交換条件にて決めたと云う。張作霖がおらなくなれば、満州を思うままにさせる、と云うことだろう。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

「関東軍がやるそうよ」。「関東軍ちゅうても、軍が表向きでやるこつじゃなか。誰がやいもすかの」と突っ込むと、「カワモトという方と伺っています」と女は言った。
何故中野正剛が女にそれを教えたか、周蔵は考え込む。中野がそのことを知っているのは何故か−上原閣下から聞いたのだ。つまり、閣下も知っているということである。女は中野から聞いたことをさらに報告する。田中義一蒋介石との間で、交換条件によって張作霖暗殺を取り決めた、と言う。前年秋に田中と蒋介石は青山で会談した時の具体的内容はこれであろう。つまり、日本軍が張作霖をこの世からいなくしてやれば蒋介石は満州を日本の思うままにさせてくれる、という合意である。

(落合氏解説)

昭和2年秋、無冠になった蒋介石が来日し、青山の田中義一邸で会談した。通訳は、日本側は佐藤安之助少将、民国側は張群であった。『蒋介石回顧録』にも詳しく述べているが、例によって自己正当化している。佐藤少将は会談内容をメモして、軍だけでなく外務省など要所に回した。蒋介石は「自分の悲願は北伐であり、何としてもこれを完遂したいが、そのためには日本軍が張作霖支援を止める必要がある。日本が満州住民の民心を得ないのも、張作霖を支援しているからである。直ちに張支援を止めれば満州の民心は日本に帰する」と言ったと記してある。実に歯に物が挟まったような言い方で、大の政治家が会談してこれでは井戸端会議に終わったことになる。
真実はまさに『周蔵手記』にあろう。田中義一はアジア侵略の陰謀の基本戦略を決めた東方会議を主催したと中国から謗られ、日本近代史で損な役割を演じているが、冤罪というべき点が多い。田中は無謀な殺人好き軍人ではなく、むしろ温厚であった。蒋介石が、交換条件として満州を任せることを固く約束したからこそ、あえて張作霖暗殺に踏み切ったと見るしかない。しかし、青山会談の秘密合意のごときは関係省庁への回牒にありていに記せるはずもなく、作成者の佐藤がきわめて曖昧かつ婉曲な表現にしたことは疑うべくもない。

(落合氏解説)

一方、『蒋介石回顧録』は幻の「東方会議」について極めて詳細に述べていた、中には蒋介石の工作者が古文書修理人に化けて皇居に潜入し、皇居の書庫に厳重に保管されていた東方会議の記録を盗み出したために明らかになったと記す。およそ文明国の政治家の言とは思えぬもので、こんなことを日本人で信じるものは一人もおるまい。現実にあった青山会談の秘密合意を隠すために、幻の東方会議をでっちあげたことくらい『蒋介石回顧録』そのものから読み取れなければ、歴史学者の資格はあるまい。
ともあれ、近代日中関係史の中で最も重要な事件の真相が、『周蔵手記』によってハッキリした。ここで私(落合)は思う。これは決して日中両国の政府・政治家はもとより、一派の政治的宣伝にすぎぬことを学問と偽って祖国を貶めてきた戦後派政治学者たちにとっても、決して気分の良いことではないだろう。

(落合氏解説)


この間の金塊は張作霖の支援であろう、と自分は思い貴志さんを関わらせたのだから貴志さんも思っている筈。
貴志さんの話では、一旦 満鉄に持って行き張作霖資金となるも7月かと云われていた。
それまでの間、○○○から○○○○た、金塊の収集に歩かれるようなことを云われた。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

前回の特命任務は、上原閣下の張作霖支援と判断したから、自分は実行計画を策定するに際し、貴志彌次郎中将を関わらせた。だから、貴志さんもそのように思っておられるはずである。貴志中将の話では、例の物品は一旦満鉄に預け、張作霖の資金になるのは7月頃かと言われていた。それまでの間は、満州各地で別の物品の回収に歩き回る、というようなことを言われた。

(落合氏解説)


田中−宇垣の線で、貴志さんは冷飯を喰わされているらしい。
閣下もそうであるが、田中−宇垣も軍の中の個人対立であるから始末が悪い。
貴志さんの立場は、個人的に張作霖と無二の間柄となられたようであるから、不利なこと多いのではあるまいかと思ゆ。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

田中義一首相と宇垣一成陸相の線が陸軍を仕切り、貴志は冷飯を喰わされていると周蔵は聞いていた。史書によると、貴志彌次郎は田中義一と最も親しかったが、それは明治末年に貴志が田中大佐の命令で陸軍営内の内務規定を改定した時以来の仲で、そのゆえに張作霖爆殺の真相も真っ先に田中に報告したとしている。それが如何に表面的で、実際には誤っていることがわかるというものである。
上原元帥も田中・宇垣と対立したが、田中−宇垣も内々で対立を始めたようで、陸軍内の個人的対立であるから始末が悪い。貴志さんの場合は、上原閣下の方針を受けたとはいえ、張作霖と個人的に無二の親友になっていたから、張が日本陸軍の敵として暗殺された以上、今後は立場が悪くなり不利なことが多いのではないか、と周蔵は心配した。

(落合氏解説)


閣下がどれ程に守られるのか、疑わしい。甘粕さんの場合は、個人が性格きつく、閣下の裏を握っている所多く、また、民間になってしまわれた以上、甘粕さんが告発なんて云いだしたら大事であろうから、存在そのものが強迫の意味にもなろうが、貴志さんは行動こそ勇ましいが、温和であるから、損であろう。それに予備役と云えど、軍人であるし。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

上原閣下がどのくらい貴志さんを守るのか疑わしい、と周蔵は判断した。大杉殺しの甘粕の場合は、第一個人的性格がきつく、上原閣下の裏を握っているところも多く、また民間人になってしまった以上、甘粕さんが告発を始めたら一大事になるから、彼自身の存在そのものが陸軍に対する強迫的な意味がある。貴志さんは軍事的行動こそ勇猛だが、性格が温和であるから、こんな場合は損な性格であろう。それに、予備役編入といっても軍人に属する以上、陸軍を批判することができない立場である。

(落合氏解説)


日本は不遇の方向に、動くのではあるまいか。

(「ニューリーダー」 2003年1月号 原文はカタカナ)

7年以上、80余回にわたって『周蔵手記』を解説してきたが、中でもこの一行が私(落合)の胸を打つ。周蔵は、張作霖の爆殺が日本の今後の国運を左右するものと洞察した。今思っても実に神がかった明察である。この見方ができるのは、無欲と純粋な精神によって世の中を傍観する者の特権であろう。満州某重大事件すなわち張作霖爆殺事件は周蔵の予言通り、軍事・外交関係だけでなく国内にも大きな波瀾を起こし、国家の進路はねじ曲げられた。事件の真相を陛下に隠したとして首相田中義一は不慮の死を遂げ、田中を叱責した昭和天皇は政治への関与を以後自戒される。結局何が悪かったのか、張作霖暗殺事件が分水嶺となり、明治以後旭日のごとく昇ってきた国運はしだいに傾くことになるのである。

(落合氏解説)



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