甘粕正彦



5)奉天古陶磁の偽造による軍資金の調達


甘粕正彦は、1929年フランス留学後大川周明の手引きで満州に渡り,満州事変に際し裏面で関東軍に協力,のち満州国民政部警務司長,協和会中央本部総務部長,満州映画協会理事長などを歴任し満州の裏の実力者として君臨します。  
当時満州では、総裁の特別秘書を歴任することで満鉄内で次第に権力を持っていた上田恭輔が満鉄の中央研究所に窯業研究科を作り、関東軍の浜面少将と奉天古陶磁の偽造を行い、それを売却することで軍資金を得る計画を立てていました。そのために東京高等工業学校の窯業科長の平野耕輔と釉薬の天才と言われた小森忍を大連に呼び寄せていました。
甘粕は、満州事変の資金稼ぎのために、この奉天古陶磁の偽造に関わることになりました。甘粕は、清朝の秘宝である奉天古陶磁を750万円(現在の約750億円)で売却した紀州徳川家に偽造品を更に500個まとめて前回と同じものと偽り売却して軍資金を得ました。甘粕の意を受けた上田が周蔵氏に仲間に加わるように勧めますが周蔵氏は断ったとの事です。
(奉天古陶磁を含めた詳細は、ここをご覧下さい)

甘粕正彦が満州事変の資金稼ぎの一助として、富豪に倣造陶磁の売り込み を計ったことは、「橋本大佐の手記」に窺える。
満州事変直前、甘粕上京し携行する一品を示し、之を売却し金一万円の調達を依頼す。ついに調達しえず。帰るに臨み、金に窮せるを知る予は、僅かに500円をあたえたり
とあるからだ。甘粕が上田恭輔の倣造品に目を付けたのは、フランスから帰国し、満州に渡った直後らしい。

(天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実 P368〜369)




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