甘粕正彦





3)秘密裏の渡仏に関して

落合氏の説によると、甘粕と共に渡仏した混血女性は上原勇作と関係があるとの事 ですから、上原氏が留学した1981〜1985年の間か、あるいはその後のフランス出張 の時にフランス女性との間にできた子という事でしょう。こんな事は、正史には出てい ないでしょうから、確かめようもありませんね。(笑)


周蔵手記 大正9年10月25日
甘粕サンハ 閣下ト同ヂク フランス留学ヲサレテヰルヤフダ。何事ニモ心強ヒ。
自分トシテハ 石光サンノ教ヘ 随分役ニ立ッタガ 何セ 遠ヒ支那ニオラレル。
何ヲ教ハルニモ遠スギルノガ 甘粕サンニハ 心強ヒ。

(「ニューリーダー」 2000.4月号)

因みに、初めてこの条に接した時、私(落合)は眼を疑った。世上の甘粕伝記に
よると、甘粕はこの三年後、大震災のどさくさに紛れて大杉栄一家を惨殺し、
刑を終えた後に、初めてフランスに渡ったとされている。
(中略)
つまり、療養を理由に軍務を放棄し、日仏混血の女性を伴って、密かにフランス
に渡っていたのである。
そのような勝手が許されたのは、陸軍教育総監督上原勇作大将の支持があった
からで、件の女性は上原との間に仔細があったらしい。だとしたら、甘粕は上原
の裏の姻戚となる。
(同上)


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