牛炭疽菌の研究


*最近、テロの道具としてが利用されていますが、周蔵氏は王希天達と昭和の初期にこの菌の研究を行っていたそうです。
   通説では、王希天は関東大震災の時に殺害された事になっていますが、周蔵手記によれば生き延びていたとのことです。
   (これに関しては、別途まとめます)

●王希天−周居應は「何者デアルノカ」
『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和4年末 冒頭

だいたいにおいて王さんは何者であるのか。
王さんはこういうこと何故こうもあれこれと知っておるのか。
王さん曰く。
支那四千年の知恵をバカにして下さるな。三千年と云わる時もある。

(「ニューリーダー」 2003年6月号 原文はカタカナ)

野方村(後に中野町)字上高田は、周蔵が大正6年に薬用植物の栽培および薬効実験のために農地と貸間を借りた地である。
やがて周蔵は自前の建物を建てて上高田救命院と称し、従兄弟とされる(実は違う)医学者渡辺政雄を住まわせて、薬草栽培と実験をさせていた。ここは周蔵の秘密アジトであったので、ここに関連する諸事は『周蔵手記・本記』に記載せず、すべて別紙記載にしている。本条もその別誌記載の一つで、冒頭は「上高田ノ王サン」に対する感嘆の言葉で始まる。王サンとは王希天のことである。
渡辺は京都の下宿で、天津南海中学から留学してきた周恩来呉達閣の二人と親しくなり、彼らの親友の王希天とも知り合った。周蔵は四谷の漢方教室に通い、周居應と名乗る老先生に教わるが、その人こそ王希天の変装した姿であった。四谷でも周居應の物知りに驚いたが、上高田救命院での研究で改めて驚嘆する。どこから仕入れた知識かと訝る周蔵に王希天は一度ならず答えた。支那四千年の知恵をバカにして下さるなと。三千年という時もある。つまりこれは中国古来の伝統的知識で、来日前に満州で習得したものらしいが未詳である。

(落合氏解説)

『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和4年末 続き

自分には恐ろしいほどで何も分からぬが王さんも呉さん(タツカク)も牧野先生も遠藤さんも正に真剣であるに自分は責任を考うる。
「」
(「ニューリーダー」 2003年6月号 原文はカタカナ)

王希天を含めて親友だった四人のうち張学良は満州で張作霖の跡を襲い、周恩来は帰国してからフランスへ渡った(もっとも本人は殺されて別人つまり我々が知っている周恩来なる人物と入れ替わったとも言われる)。しかし呉達閣王希天とともに日本に残り注)、生物兵器の研究に参加した。天心堂医院の牧野三尹も参加。遠藤とは牧野の代診もした薬剤師の遠藤与作と思われる。彼らの全員がこの国のために、必死で毒物の研究に取り組んでいた。

(落合氏解説)
注)呉達閣に関しては、落合氏が自説の修正を行っています。(2005年5月12日)
「私が早合点して、ニューリーダー誌では呉は王希天とともに日本に残留したと解釈してしまったが、その後、呉は民国に帰国して国民党に入り、西安事件では国民党幹部として共産党幹部の周恩来と国共合作を進めたこと、戦後は台湾で余生を送ったことが分かった。」

『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和4年末 続き
何と言っても世間的に色々とあって立場を失っておる呉秀三先生が吉薗さん、これは血液分解の時よりずっと貴重なる研究であるし藤根さんが軍に力をもっておらるる内にやって下さらぬかと丁重に云わるる。

(「ニューリーダー」 2003年6月号 原文はカタカナ)


周蔵が責任を感じたのは、何といっても不遇の呉秀三医博から「吉薗さん、これは貴方が以前果たされた血液型の分離より、さらに貴重な研究なのですよ」と説明され、「それも民間だけではできない。藤根さんが陸軍に道を持っているうちに、早く進めて下さらないか」と丁重に頼まれたからである。

(落合氏解説)

『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和4年末 続き
こんな怖いことが貴重か否か自分には判らぬが、敵国がこれを作りたるばやはり自国においてはゆゆしきことであり毒を制するにはまず毒を作りそれを制する薬を研究せねばことは前進せぬものと呉先生力説さる。
よって、自分が腹をくくればよしと判断す。
自分には薬事も医学も何ら判らぬがこの研究の責任者には成り得る。
何かの時は自分が全責任をとって腹を切ればよし と意味なのだ。

(「ニューリーダー」 2003年6月号 原文はカタカナ)


こんな恐ろしい研究が貴重か否か判断できないが、敵国がこれを作ったら日本にとって由々しきことになる。毒を制するにはまず毒を作ることから始め、それをコントロールする薬を開発する以外には道はない、と呉秀三は力説した。周蔵は薬事も医学もわからない自分だが、この責任者にはなれると判断した。それは何かの時には自分が全責任を取って腹を切るという意味である。

(落合氏解説)


『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和4年末 続き
藤根さんから閣下に一、一報告に行ってほしかといわるからちく一報告に行っておるが、どうやら
これは閣下が裏で軍の協力を導いておるようだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そのこと この年はよく考うることできたる。昭和四年末。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

藤根に言われて逐一上原元帥に報告に行くうち、周蔵は陸軍に導入したのは後藤新平だが、陸軍内部は上原元帥が裏から動かしていることを覚った。
この条には、研究の内容を記していないが、条のタイトルに「死牛肉毒ガス」とある通りで、牛炭疽菌のことである。

以下に解読する別紙記載は、先月号(6月号)で解読した『周蔵手記』別紙記載「死牛肉毒ガス条」(昭和四年)に時期的に先行するものである。佐伯祐三と菅波(仮名)に関する内容からすると、佐伯が第二次渡仏の旅に出発した直後、すなわち昭和二年夏から初秋にかけて記されたものと見てよい。

(落合氏解説)



●牛炭素菌の恐ろしさ

『周蔵手記』別紙記載『上高田日誌』死牛肉毒ガス条 昭和2年夏
王さん云う。牛には猛毒が潜伏しておりそれは人間に一番毒として作用をするとのこと。
支那では塩をとっていない牛 ○○○(人間の)食したる牛は決して他の牛馬及び家畜 または
野に放牧などをしないとのこと。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

王希天が言うには、牛には元来猛毒が潜伏しており、とくに人間に対して毒として作用する、とのこと。中国では、塩を食べていない牛や、人間の○○○を食べた牛は、決して他の牛馬家畜と一緒にしたり、野に放牧したりはしないとのことである。

(落合氏解説)

王さんの云では 支那では 人間と牛とは対立にある生きものとのこと。
人間の○○ 人間の○○○を牛が喰うと牛の中に恐ろしい菌ができ牛を殺すだけでなく先にその牛の近くにおる者が死すとのこと。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

王の言では、中国では人間と牛とは対立する生物と考えている。人間の○○や○○○を牛に食わせると、牛の体内に恐ろしい菌が発生し、その牛を殺すだけでなく、それ以前に牛の周囲にいた人間が死ぬのである(この文が現在でもテロ組織の参考となるかどうかわからないが、とりあえず一部を伏字とした)。

(落合氏解説)

この菌を炭疽菌と云う。この炭疽菌たるは顕微鏡で見ると胞子である由。
胞子を袋がかぶっており、それがふわふわとするらしい。
(追) 七年の記 中野学校において牧野さん中心にこの炭疽菌・・・(以下略)
これは牛肉の脂の・・・(以下七行は省略)
その肉が表面白じんでおる。
もう炭疽菌ができておる由。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

周蔵は、王希天から説明を受けたままを、ここに記している。この菌を炭疽菌と言い、顕微鏡でみると胞子状である。胞子が袋を被った形で、それがフワフワしているらしい。この後昭和七年の追記があるが、内容は省略する。さらに、この後に炭疽菌の製法を簡略に記しているが、これも省略した。
当時から七十年以上経った現在、牛炭疽菌は生物兵器の代表的存在であり、米軍もソ連軍も鋭意研究してきた。平成十四年には、何者かが郵便物に入れて米国各地に送付したので死者も出て、大きな問題となった。これはテロと言われているが、実験的性格のものであろう。使われた炭疽菌の種類は米軍保管のものと同一と報じられていた。北朝鮮やイラクなどの各国でも軍は炭疽菌を保有しているという。テロリストも例外でないらしいが、今日その製造技術がどれだけ拡散しているのか、わたし(落合)にはわからない。ただ、昭和四年の段階で、本稿に述べた史的事実が存在したことだけ指摘しておきたい。

(落合氏解説)


●カノヤフナモノ ヤッテ ヤヒカ
別紙記載「上高田日誌 死牛肉にヤル毒条」 続き

浮腫因子 −−|
防御抗原       |牛肉蛋白質+人間○○○によってできる
致死因子 −−|

これらは この三つが重ならないと毒にならない。

浮腫因子 + 防御抗原 ⇒ 浮腫作用
致死因子 + 防御抗原 ⇒ 致死作用 とのこと。

浮腫因子、防御抗原、致死因子は単独では何の作用もおかさない。
浮腫因子と防御抗原の混合物が牛に浮腫を起こす。
致死因子と防御抗原の混合物が牛に致死作用を起こす。
これに従うと
防御抗原に対する抗体をつくれば浮腫作用も致死作用も中和でき得る。
炭疽菌はものをそろえないと毒菌として発現をしないとのこと。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

牛肉の蛋白質と人体の○○○が逢うと、浮腫因子、致死因子及び防御抗原ができるがこの三つが重ならないと、毒性を発揮できない。この三つとも単独では何の作用もしないのである。浮腫因子と防御抗原が出逢うと牛に浮腫が生じ、致死因子と防御抗原が出逢うと牛は死ぬが、どちらも防御抗原がカギなのだから、防御抗原に対する抗体を作れば浮腫作用も致死作用も中和できるわけである。炭疽菌は三つの要素を揃えないと、毒菌として発現しないとのことである。

(落合氏解説)

このようなもの 作る研究を やって良いかどうか真に迷うが
以前 呉先生に云わるに必要とのこと。責任は自分に。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

こんなものを作る研究を実行することの是非については本当に迷ったが、以前に呉先生が「国のために必要」と言われた一言を信じて、周蔵は着手した。責任はすべて自分にあると言い聞かせ、それを強調するために傍線を引いた。

(落合氏解説)

炭疽菌は、実に行いやすく効力も強い毒として生成され得ること
およそこれで証明できたるらしい。
よって もし敵国がこれを使うなら防御できることになるとのこと。
さすがに 辺さん等も これはそう無防備に実験するわけにはいかなかったようだ。

(ニューリーダー 2003年7月号 原文カタカナ)

炭疽菌は胞子であるために、実に取り扱いがやさしく、効力の強い毒として作れることが、おおよそこれで証明できた。よって、もし敵国が炭疽菌を使ってくるならば防御することも容易であるとのこと(例のSARSに日本人と韓国人が罹らないのは不思議だが、これは何かの原因で両国民に抗体が備わっているから、との推論もあるようだ)。
さすがに豪胆な渡辺政雄らも、そう無防備に実験するわけにはいかなかったようで、別紙記載「上高田日誌 死牛肉ニヤル毒条」は以後も続き、いくつかの毒物の性質と製法を列挙するが、以下では表題と要点だけを掲げる。

ボツリヌス菌       神経毒で死亡率は極めて高いが、炭疽菌のように胞子にならないので、持ち運びに不便である。
カビ                    穀類の黒サビ病のカビの死亡率は思いの外高い。
                                *イネのイモチカビも黒サビ病カビの死亡率より高い。
                     日本猿
                          アフリカミトリ猿の名のもの
野兎                   茶・白・黒も研究実験中
                                *猿と兎の研究結果は、病気が出るまで四年かかるが、長引く由。乾燥大麻などを利用すると食欲旺盛と
                                   なり、病気は快方に向かう。

そもそも病気の病原体たるウイルスは、人類が歴史の中で近隣動物から取り込んだものらしい。かの梅毒も、アンデス原住民がリャマからもらったとの説があるが、梅毒に限らず病原体のほとんどは、人間が食事・愛玩の対象として近隣動物を侵略した時にもらったものと聞く。それなら過失か天譴と言うべきだが、人間の恐ろしいところは、人為的にその病原体の利用を考えることである。
これを生物兵器と言う。本稿と時期を同じくしてSARSなる新型肺炎が発生した。一部では、鳥の一種からハクビシンに移ったコロナ・ウイルスを悪食の広東人がもらったものと言われているが、真相はどうだろうか。

(落合氏解説)

「吉薗手記」に戻る


Mainページに戻る

(Since 2000/06/03)