吉薗手記の語る大正〜昭和史
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●「吉薗手記」とは?
落合莞爾氏は平成7年9月から真贋事件に巻き込まれていた吉薗周蔵氏の遺児である吉薗明子氏の代理人となりました。落合氏が古陶磁研究家と知った明子氏は、周蔵氏が張作霖から下賜されたという古陶磁を見せようとしました。
その一つは叔母のチヤが知人に預けていましたが、その箱の中に周蔵氏の自筆の手記が保管されていました
発見された「周蔵手記」はその冒頭に「上原閣下(時に陸軍大臣・中将)オ目通リにツヒテノコト」の項があり、大正元年18歳の時から永年にわたり、自筆の手記を認めてきたものです。
そこには上原勇作付き特務を命じられた周蔵氏の眼を通して大正・昭和の日本国家の動きが裏側から捉えられていました。
その内容にはこれまでの歴史の常識を覆すものがありました。ことに、明治末から20年に渡り日本陸軍のトップにいながら、軍令系統に居座ったままで、表立って立法と政治に関与しなかったために、史家からその存在を忘れられていた上原勇作の行状がはっきりと表されていました。
後年の陸軍統制派と皇道派の対立の結果、軍は国家の道を誤り、国家を破滅の淵に投げ込んだわけですが、その原点がまさに上原と田中義一、宇垣一成との対立に兆していたことも明瞭かつ具体的に分かりました。それに関する驚くべき事実の生々しい記述もありました。
落合氏は職業的史家ではありませんが、明治・大正から昭和初期にかけて、日本のたどって来た道を自分ながら研究してきました。東京裁判史観とそれに基づく社会教育の結果、その時代の祖国と父祖の実績を悪意を持って見ようとしてきましたが、我々の父祖は痴呆でもなく狂気でもなかった、ただ、生を受けたこの国とここに住む家族を外国の奴隷にせぬためにあらゆる努力をしていた、と考えています。その観点からすれば「周蔵手記」の内容は驚くべきものであっても特段不可解なものとは思えず、これらの手記が日本近現代史の解明に有益であると考え一刻も早く公表すべきと判断しました。
この「周蔵手記」の内容は『陸軍特務 吉薗周蔵の手記』として1996年4月から雑誌「ニューリーダー」で公開されています。
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