大阪府岸和田市制施行70周年記念
「東洋の官窯陶磁器展」

●染付・暗花・竜波涛文・天球瓶
この器は、造形は端整で雄渾、宏大な気迫がこもっている。全体の構図は、神龍が湧き騰がる波涛を踊り超えていく様子を描くもので、極めて動感に富んでいる。
元代末期の青化(染付)中の精品であり、宣徳染付の先駆をなすものである。この類の文様は元代染付と明代宣徳の作品に多く、芸術的特長は十分鮮明である。
1.中国陶磁器 (清朝の秘宝 : 奉天古陶磁)

〔解説〕
楊根北京大学考古学系教授(精華大学教授・北京大学陶磁研究所長・北京市政顧問)
     (時代区分について、揚根教授と落合氏の見解に差があるものは落合氏の見解を付記しました:5/6追加)
  

法花・三彩・壷
磁胎に掛けた深藍釉を地にし、その上に黄と緑の花鳥文を釉彩で表して装飾する。浮彫りと堆線を用いた工芸技法は、穏健ながら豊かな感覚に溢れている。
法花彩の焼成温度は比較的低く、宋・元代に始まった。明・清代はこれを踏襲して発展したもので、彩色は古様かつ柔和である。これと類似する器形の作品中には佳作が多いが、本品は技術的に完成された作品である。

大明成化年製銘・豆彩・童子遊戯文・天球瓶
この器の造形は端麗で穏健、絵付は精細である。色調は落ち着いて麗しく、絢爛として入り混じっている。色調の対比が珍しく、おのおの鮮やかさを争うから「闘彩」という名称が起こった。
紋飾は典型的な成化の器物と同じで、花草虫魚と童子の遊戯を描く。活発清新で、上品美麗なうちに天然の妙趣があり、相当に手腕の高い画家の手になるものである。

落合氏見解
清朝初期、雍正年代の作品の可能性もあり未詳とする。
大明嘉靖年製銘・金襴手・八角面取・尊式瓶
器形は尊式の瓶形で、二つの耳が付くのは清朝初期に多い形態である。口辺に染付で大明嘉靖年製の銘を入れている。胎質、彩料ともに最上質のものを用い、描金の技法も円熟している。御窯の品格を遺憾なく表しており明代嘉靖の金襴手の風格がある
これは清代初期の倣古の特別製品であるとの観方もある。清代初期(擁正)の御窯では、明代の名器を凌駕することが求められ、成功した作品には明代の官窯銘を入れることがあった。明代のものと倣古の比較は、今後の検討課題である。

落合氏見解
嘉靖年製の優品と考える。
大明嘉靖年製銘・五彩金襴手・梅瓶
この器の装飾は、はなはだ豊かな麗しさに富む。色とりどりの色彩で、金碧は輝いて、色絵は精細に八仙人の画像を描く。人物の形態に動きがあり、技術は成熟している。
瓶の胴裾に舞い奔る獅子を描いており、皇帝の容器である。五彩磁器の精品で、嘉靖五彩の典型的な作品といえよう。
釉裏紅青・九竜波涛文・共蓋・大酒会壷
この器は堂々たる大器で、中国歴代の磁器のなかでも、器量と品質がこれほど揃ったものは他に見ることはない。高さと胴の最大部分の幅が等しく、立方体に近い。剛健ななかに穏健なのはそのためである。
釉裏紅は完全に発色している。銅釉の高温還元焼成は、器物が大きいほどその工芸的な難度は飛躍的に増大するから、これはほとんど神技である。青料(酸化コバルト)は濃艶で、土青を入念に精製したものである。絵付は五爪の九竜が波涛の上を奔騰するもので、なかでも正面竜は皇帝を象徴しており、中国の正式な宮殿以外では飾られることはない
元代明初の様式であるが、製作年代は今のところ幅広く、明代から清初期まで考えておかねばならない。
清代初期の康煕皇帝は、江西省の巡撫(省長)であった郎廷極に命じて歴代の名陶を模倣させ、さらにそれを凌駕するものを試みさせた。これを郎窯と呼び、その実像はまだ解明されていないが、、ここに展示した一連の御窯磁器はその有力な候補である。
釉裏紅青・青水紅魚文・共蓋・大酒会壷
前の作品と同大同形で、一対をなしたものと思われる。
染付(青花)を地にして池川の水波と藻をあらわし、釉裏紅で群魚を描く。釉裏紅の発色に些かの欠陥もない
前作品の神竜もこの作品の群魚にも、ともに西洋風の画法の影響を指摘する意見もある。気宇、諸原料、画法、工芸技術など、あらゆる点からみて一般の官窯とは類を異にしており、御窯の特質を明らかにするものである。
御窯は明代・清代ともに営まれており、一般官窯と混同することはできない。
最大高:77cm 最大径:66.6cm
最大高:75.8cm 最大径:58.4cm
最大高:46.2cm 最大径:40.4cm
最大高:85cm 最大径:29.6cm
最大高:46.8cm 最大径:29.8cm
最大高:43.3cm 最大径:34.4cm
最大高:47cm 最大径:32.4cm
孔雀釉・内府供用銘・弦文壷
器は罎に似て、造形は自然な丸みを帯びている。器の高さと胴の最大部の直径がほぼ同じで、立方体に近い。見た感じは極めて端整かつ穏やかなものがある。
孔雀緑釉の法翠色は落ち着いて気品があり、めったに無い名器である。器の上部に二重桟をめぐらせており、『西清古鑑』の周の弦文大壺の器形にすこぶる似ている。
清朝初期の内府(宮廷の内部を司る役所)には、この類の器物を多く蔵していた。

落合氏見解
吉薗周蔵氏の『奉天古陶磁図経』に当該品があり、元代の作と考える。
鮮紅・大天球瓶
釉色は鮮やかで、口辺は一様に白色を呈している。器形は極めて端麗で荘重、清朝初期の名作である。
酸化銅を高温で還元して発色させることは宋代の均窯において始まるが、全体を鮮紅にした磁器は明初期に出現した。宝石紅・祭紅はこれに属するものである。この種の釉色は、窯のなかを高温かつ還元状態にしたときに得られるものだから、技術的にはきわめて難しく、したがって完成品は非常に少ない。明初以後、その技術は失われ、銅紅釉は鉄の礬紅に取って代わられた。しかし、清初の郎窯紅釉は再び高温銅紅釉の伝統を復活した。
最大高:32.6cm 最大径:33.2cm
最大高:61.4cm 最大径:46cm
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