●経緯


10)楊根教授のコメント

*今回の岸和田事件で、キーパーソンである楊根教授のコメントを追ってみます。
紀州側に対して執拗に「何故、外部の者に鑑定させないのか?」という追求を行っている読売新聞にとって、楊根教授が鑑定をしていたという事実は見過ごせない事です。
そのため、読売新聞は故宮博物院と国家文物管理局に問い合わせを行い、楊根教授の鑑定(海外でのアルバイト:実際には紀州側には好意で行ってくれた)を告げ口することで、教授に対して圧力をかけました。
その結果、楊根教授は「現物を見たが鑑定はしていない」というなんとも情けないコメントをする事になりました。

●展示品に関して楊根教授に解説を依頼(平成3年10月:東京)

落合氏

楊根教授

この図鑑(「紀州文化振興会所管陶磁図鑑」2,3巻)にはこの間和歌山で見て頂いた中国陶磁器をすべて収録しています。来年の秋には岸和田で展示会をやることが決まりました。図鑑の掲載品の一部をそれに出品しますから、そのときは解説をお願いしたい。 実物を見たことでもあるし、品の解説ならこの図鑑を見ながらでも十分にやれます。
それでもいいんですが、印刷では微妙な色調の異差があってはいけない。いずれきちんとした写真を送ります。それに教授の研究用にもなりますから、どれとどれを研究したいか、この図鑑で指定して下さい。 This one,...and...this one.
写真ができるまで、大分時間がかかります。それまでは図鑑を使って研究して下さい。写真ができたら送りますから、そしたら最終的に鑑定をして下さい .

●展示品に関して楊根教授との会話(平成4年10月25日:岸和田の展示会)

楊根教授

落合氏

(染付けの龍波涛文の天球瓶を指差して) この一件は、大変貴重なものです。 嘉靖五彩の典型的なものはどんなものと先生はお考えになりますか?
(金襴手尊式瓶を指して) これが典型的な嘉靖五彩なんです。金の材料をこれだけ使うのは、皇帝しか出来なかった。この礬紅の色をよく見て下さい。この色は、粒子が極めて細かい時のものです。ムラがなく透明感があります。御窯の最高品にしか使用できない材料です。 このような手を、他で見たことは?
北京故宮に一点だけあります。もっと小さいが、同じ手です。 .

  ●展示品に関して楊根教授と読売新聞との一門一答(平成4年11月15日:川崎市)

読売新聞

楊根教授

展覧会に関わった経緯は? 昨年秋に来日した際、振興会の主宰者を紹介され、和歌山市内で中国陶磁器を見せられた。その時は展覧会の話はなかった。今年になって主宰者から、展示品の写真と制作年代を記した資料が届けられ、解説執筆を依頼されたので、それぞれの時代の陶磁器の形を色、文様の特徴など一般的な解説を書いた。

落合氏のコメント

展覧会は9月に内定し、その直後に楊根教授がわざわざ和歌山に来たので、その話をした。そのとき図鑑を渡し、また写真を選んだ。忘れたといわれればそれまでである。
実際に鑑定したのか? 私の専攻は、釉薬や焼成温度といった焼き物の科学的、技術的な面であり、鑑定はできない。自分から見ても、展示品のなかには”真品”かどうか、はっきりしないものが含まれていた。色づかいに濃淡が見られる作品などだが、”真品”であって(釉が)必ずしも完璧とばかりは言えず、それを”真品”でないという自信がなかった。それは例えば、特に技術的に難しい釉裏紅の2つの大酒会壺などだ。

落合氏のコメント

この記事は意味が通じない。どうも文章を歪曲した可能性が高い。
後世の模作の疑いが強いという日本の専門家がいるが。 振興会の主宰者は日中友好に熱心な人であり、私もそのお手伝いをしたいという一心で展覧会に関わった。会場近くで講演もした。それで、中国の伝統的な美術を広く理解してもらえればと思った。

落合氏のコメント

日本の専門家の権威を借りて、楊根教授を恫喝しようとした質問。返答は明らかにすれ違いである。教授が読売の意図を察して返答したのか? 実際には紀州文化振興会や落合が日中友好に人一倍熱心ということはない。図鑑の末尾の「陶余史談」で軽率な友好屋を戒めている。
もし、後世の模作とはっきり判定されればどうするのか。 学者として残念に思うと同時に、このことが日中の文化交流に傷をつけることのないように願う。私としてはあくまで日中の友好のため、また主宰者との個人的な友情を思い、これまであえて展示品についての疑義は口にしないできたこと理解していただきたい。

落合氏のコメント

どんな鑑定家でも、何でもかんでもズバズバ鑑定できるものではない。しかし少なくとも展示品に関しては、楊根が疑義を持ったという感じは受けていない。楊根は紀州において、自分が分からないものは率直にそういった。多少の品を清末の製作といって、清初期以前と考えていた紀州側の会員を憤慨させた。中国の友人の言である以上、紀州側ではそれはそれとして尊重しておいた。話は逆である。

           


岸和田贋作事件に戻る (Since 2000/06/03)