●経緯


9)M口デスクからの電話

●落合氏は、テレビ朝日の社長と久米宏に対して、抗議文を送りました。そのリアクションとして朝日放送のデスクM口氏から電話がきました。
*M口氏は実に慇懃で紳士的でしたが、話の内容からするとテレビ朝日は、紀州側の提出した資料をわざと無視して展示品を贋作とする報道を行ったようです。

M口デスク

落合氏

展示会に対して専門家から疑義が出たのに、岸和田市が公的機関に鑑定を依頼しなかったという理由で市側を非難しただけで他意はありません。
公共機関が主催するにせよ、この程度の展覧会で、出展品にいちいち鑑定を行った例など聞いたこともない。頼んでもそんな鑑定をおいそれと引き受ける公的機関もないのが実情である。
鑑定とは何ですか?
真贋の区別です。
倣古品は真ですか贋ですか?
M口氏は中国古陶磁の歴史についてそれほど詳しくないようで、中国における倣古製作の実態を知らなかった。最初は倣古品も贋作だと言っていたが、落合氏が誘導していくと途中で察し、真贋倣の3種類あることを認めた。
公的機関とは何のことですか?
たとえば東洋陶磁学会とか −−−
それは民間団体の名前ではないですか?
いや、まあ −−− それにしても周知の研究機関ですからね。
これで朝日放送の立場が臭ってきた。周知だからといって、民間研究者の親睦を重視した団体を『公的研究機関』というのは、いかにも強弁である。M口には大和文華館の吉田部長と共通の背景がある。あそらく同じ勢力の影響下にあるとみてよい。
わたしたちは、世界的に知られた韓国の国立博物館の先生が展示品の図録を見て、葵の紋のあるものなどありえない、とうてい真作とは思えないといわれるので、それを報道しただけで −−−。
M口さん。この展示品は今までの陶磁史の常識には掛からない珍品ということを、歌い文句にしたものだ。今回展示してあえて公開したのは、かようなものの存在を皆さんに知って頂くためです。一部から疑義が出るのは覚悟の上で、これをめぐって論議していただきたい、そう思って出したんです −−− そしたらいきなり貴方がたは贋作扱いしました。しかも当方に前もって取材はこれまで一切なかった −−−。
私たちは、海外の権威であられる鄭良謨先生が、こんなものはあり得ないといっている。そういう疑問がある以上、周知された第3者による鑑定を受けなければならないんじゃないか、そう言っているだけなのです。
あり得ないといっても、現実に品が目の前にあるじゃないですか。『あり得る、あり得ない』などと観念的な議論をする場面ではなくて、眼前のこの品は一体何かということがまず問題なのです。贋物というなら、いつどこの作か位は積極的に弁明しなければ、疑問を提出したことにもならない。それに、私は数年の研究の結果をまとめた著作を世に問うている。どなたが批判するにしても、少なくとも著作を読んでからなさるのが、文化人としても最小限の礼儀ではないですか?
−−− −−−
それに鄭先生と私の陶磁史理論は、かなり対立している点があるんです −−− 民芸派に近い感覚の鄭先生からみれば、宮廷美術的な作風には疑念があって当然でしょう。あり得ないと思ったかもしれない。だからといって鄭先生にこれを直ちに贋作と決め付けるだけの権利はない。彼の今までの陶磁史理論からすると疑念があるというだけで、論争もしていない。−−− もし、彼が解説して例えば大阪市で何かの展覧会をやれば、その陶磁史的評価に対して誰かが疑念を出す可能性だってありますよ。理論的に対立があるときはそうなります −−− だから第3者というのはこの場合、両派以外でなければならない。そうじゃないか?
−−−−−−
そんな第3者なんて何処にもいませんよ。岸和田市に対して何か要求するからには、その要求について具体的なイメージがなくちゃならない。実現性も必要だ −−− それなのに、出来ないことをやれというだけの貴方がたの主張は、展示会に対する明らかな妨害目的以外に考えられないじゃないですか?
これに対してM口は同じことを繰り返し、行政姿勢のあり方を強調するばかりだった。
うちは読売新聞に抜かれて、初めて動いたんですよ。
その口調に他社に抜かれることを悔しがらない明るさがあるのが奇妙だ。
昨日の楊根先生の取材だって −−− 前の晩に楊根さんの居場所が −−− これはまあ、あるところから連絡がついたんですが −−− 本人の方から『留園に来てくれ』と、自分で言ってきたんですよ。そうでなければ、どうして楊根さんが留園にいることを、うちが知っているんですか。
勝ち誇るともみえる、明るい口調であった。落合氏は読売の記事が出る2日前の、11月7日の土曜日にすでに岸和田市役所の人から「朝日が週明けに楊根に会見を申し込んでいる」と聞いていた。落合氏は本件に関する朝日放送側の徹底的な準備と、周到な工作を感じた。
落合先生。わたしたちは楊根先生が本当に展示品を鑑定なさったのかと考え、故宮博物院と国家文物管理局にも当たったところ、この両機関では鑑定は国内において実物を眼前において行う場合に限るもので、海外では行わないといわれました。
これを聞いたとき、落合氏は「はっ」と思い当たり、つぎに「すうっ」と寒気がした。なるほど、これだったのか!
鑑定について両国家機関に問い合わせた。それを裏返せば楊根の行状を本国に告げ口したことになる。楊根が紀州側に好意でしてくれた所管品の鑑定を、違法なアルバイトと暗に見立てて執拗に追求した。公安当局紛いのやり方だ。それが楊根教授を恐怖に追い込んで「のっぴならぬ立場に追い込まれる」と思わせた。北京大学教授は社会主義国の国家公務員である。外国で鑑定料稼ぎをしたのが汚職と断定されれば犯罪とされる。そことM口たちは衝いたのだ。目に見えない恐怖をが身に迫るのを感じて、楊根教授は体をかわした。
「自分はざっと見て全体的に評価しただけだ。個々のものに関していちいち鑑定してはいない。自分は一介の教育者で、また大学の研究者だ。鑑定の専門家とは違う」と言い出した。
それにしてもM口氏の用いる「鑑定」が、あまりにご都合主義であるのに落合氏はあきれた。楊根教授に関しては、「現物は見たが鑑定はしていない」との本人の言質を取り、岸和田市の失態を責める。一方、韓国の鄭良謨氏からは「図録の写真をファックスを見ただけで贋作と断定(鑑定)した」というコメントを取り、岸和田市と展示品を誹謗した。詭弁もここに極まれり、という他ない。
しかしM口さん。楊根さんはおたく達にはどう言ったかは知らないが、楊根教授は昨年和歌山に来て、今回の展示品をいちいち鑑定しておられたんだし、その時のビデオもあるよ。
−−−−−−
それに、今私の目前には、先生の書かれた鑑定書もいくつかありますよ。
ほんとうに、あるんですか?
あきらかに、M口氏は動揺した。意外であった。
落合先生 −−− 先生が今おっしゃった、去年以前に楊根先生が和歌山にいらっしゃったこと。またそこで今回の展示品をご覧になったこと。これは正直いって今回の取材で、私達は楊根先生からぜんぜん聞いておりません。
あたり前ですよ。そのときのビデオや写真は岸和田市に送りました。今日おたくのインタビューアーがそれを見たはずです。
落合先生が岸和田市にビデオや写真をお渡しになったんですか?
いや、人を派遣して届けました。おたくのねえちゃんに是非見てもらおうと思ってね。
いや、それは見ておりません。
見た筈ですよ。
私ども朝日放送のスタッフはそれを見ていません。
確かにおかしい。紀州側の提出した資料をわざと避けようとしている。読売と同じで、初めか報道姿勢が固まっているのか?
それは、そんな証拠を見てしまうと、これまでの朝日との主張と、おたくたちの立場が崩れて困るから、わざと眼を塞いだんじゃないの?
−−−−−−
返答はない。落合氏は一瞬「やはり、そうだったのか」と思った。
一つ伺いたいが、品の真贋が問題なら、なぜわたしに取材にこなかったんですか?
わたしたちは、あくまでも岸和田市が主催者に対して専門家から問題点が指摘されていることを述べ、どう対応するのかと聞いただけなんです。
そうはいっても問題の根本は、ものの真贋にあるのでしょう。普通の展覧会で、いちいち観衆の疑問に対応したなど聞いたことがない。贋作の可能性が十分にあるときだけ、その理屈が成り立つんじゃないですか?
いやわたくしたちは、国内の専門家といわれる人たちや、韓国の世界的権威と認められる先生が −−−
だが岸和田市を責める前に、実物にあたることや、所有者に取材することはどうしても必要じゃないですか? それもこちらが拒否したのならばともかく −−− うちの方は取材にはいつでも応じるつもりだったのに −−−
いや落合先生、そもそも御手紙を頂いてこうしてお話するまで、私達は所有者が落合先生だということはまったく知りませんでした。誰が展示品の所有者かというよりも、岸和田市の姿勢が −−−
そんなバカなことはない。例えばダイエーで売られた饅頭が腐っていると専門家が指摘したとせよ。その際「ダイエーの対応だけが問題だ、饅頭が実際に腐っていることかどうかは問題ではなく、製菓業者が誰かなどはまったく関心がない。」というのと同じだ。
ところでM口さん。これはあなたの個人的な見解を聞かせて頂きたいんですが −−− あなたは個人的に見て、展示品をどう思われますか?
落合先生、わたしは先生のご所蔵品にかけた愛情というのは痛いほどわかるんですが、わたしどもの立場としては、岸和田市が市民のお金を使うときの行政姿勢としては岸和田市が市民のお金を使う時の行政姿勢として、きちんとやるべきことをやらねばならない −−− それが問題なので、極端に言えば真贋は問題じゃないんです。
真贋が問題でなくて、他に問題がある筈がない。真贋に疑問があるからこそ、鑑定の必要を唱える筋合いなのだ。
いやM口さん。たとえ真贋は別としても、品物は一種の美術作品には違いありません。わたしは貴方が個人的に見て、それをどう思うかと聞いているんです。
それは勘弁して下さい。わたしはまったく美術品のことは判りません。 −−− また私達の立場は真贋よりも、それを鑑定せずに公開した岸和田市の行政姿勢を問題にしているのですから −−−。
真贋に問題がなくて、たんに行政姿勢だけが問題になる訳がない。贋作と証明出来ないからこそ問題を行政姿勢にすり替えていながら −−− 詭弁だ。

 


岸和田贋作事件に戻る (Since 2000/06/03)