●経緯


11)三杉隆敏氏の調停

●12月19日、貿易陶磁器の大家である三杉隆敏氏から『手打ちをするように』との電話が入りました。
驚いたのは、展示会を訪れて実物を見たはずの三杉氏が展示品をすべて台湾製と考えていたことです。
しかもその根拠は『台湾で絵付けを指導している人に聞いた事がある』と言う事だけだだそうです。
三杉氏ほどの高名な方でも自分の目では判断(鑑定)できないと言う事でしょうか?
それにしても、この程度の人でも大家になれるんですね。(^^)

三杉氏

落合氏

やっと、イスラム圏から帰ってきました。あそこは怨念の世界です −−−、あちらと違って日本は平和だろうと思っていたら、ここでも同じようなことをやっているんですねえ、びっくりしましたよ。
いやいや、それほど大したことでもありません。読売の記者の皆さんは大変でしょうが −−− これからですよ。面白くなるのは。
いったいどうしてこんな騒ぎになったんですか?
まるで根拠のない台湾説を主張したので、それで行き詰まってしまったんです。私は、記者の誰かが台湾に飛んでいって、あちらの実情を見てきてからでも記事は間に合うぞと言ってやったんですが、どうしても聞き入れなかった。
−−−−−−
記者の一部が業界筋から依頼されて悪宣伝したとも聞いています。また背後で台湾説を放言している者がいたから、読売はそれをうまく利用したのでしょう。
この根底にあるどろどろとしたものは、日本の風土ですね。どうも −−− いたしかたないことです −−−。
だけど、もう新聞記事が出てから1ヶ月も経ちます −−− そろそろ台湾から類似品が出てこないと一転して彼らは旗色が悪くなってきます。それで連中の、台湾説のウソがしだいにばれてくるんでしょうな。
落合さん −−− こんなことをしても、日本の風土に似合いませんよ。皆趣味で古陶磁を楽しんでいるのに、裁判とか訴訟とかは馴染まない。ひとが何といおうと、自分が楽しんでいれば、それでいいいじゃないですか。
三杉氏は紀州側が読売新聞と朝日放送に抗議文を送ったことをどこかで聞いて、思うところがあり、紀州側に手を引かせるつもりらしい。だが、落合氏にも立場がある。紀州文化振興会は単なる趣味でやっているのではない。相手がいくら三杉氏でもこれには従えない。
他人のものを見ると、根拠もないのに何でもかんでも台湾だと公言するのは、放っておけません。彼らの背後には台湾論を唱える博物館関係者がいます。例えば大和文華館のY田学芸部長がその一人です。
まあ、それは −−− だけどそんな人は放っといたらいいじゃないですか?
よくはないんです、無責任な放言は。これまでそれで泣かされてきたコレクターが何人いると思われますか?
それはまあそれぞれ、各人勉強の過程で −−−。
新参コレクターが放言の洗礼を浴びるのが、あたり前という意味らしい。
その台湾理論に乗っかって、故意か悪意で読売が虚報に走ったんですよ。
それは落合さん −−− 貴方はこれまで蒐集に莫大なオカネをかけたと思いますが、そのオカネを先にもっと勉強に使えば良かったんです。
ありゃありゃ、三杉氏はおかしなことを言い出した。そう落合氏は思った。これではまさに贋作扱いではないか。三杉氏の本心をつきとめなければならない。
というと三杉先生。先生御自身は、うちのものを何時の時代のものだと思われますか?
私ですか? 私は新しいと見ています。
三杉先生は新しいと見られるのですね。新しいといわれるのは、いつごろですか?
太平洋戦争以後と思います。
三杉先生は戦後製とみられるのですね。それでは、どこで製作したものですか?
中国だと思います。
三杉先生が中国といわれたのは、景徳鎮ですか、それとも他の窯ですか?
中国といっても広いですから、まあ台湾もその一部だしね −−− わたしはそれを含めて中国と考えています。
ははあ、三杉先生は台湾も中国のなかに含められるのですか。一つの中国といいますから、それはいいでしょう。
ところで三杉先生。私は台湾が好きで、もう何回も行きました。でも、こんなものはついぞ見かけませんでした。先生、本当にこんなものが台湾にありますか? だいいち台湾にこの土があるんですか?
ありますよ −−− 台湾にも、ああいうものは。 −−− 私も見たことがあります −−− だけど、どうでもよいじゃないですか。台湾でも何処の窯でも。そんなこと。
いいや善くはないんです。今回の展示品を読売が贋作だというから、それじゃ贋作にせよ生産地を特定せよと、うちは反論しているんです。どこでもいいということにはなりません。
じつは岸和田氏は真相究明のために、展示品の真贋討論会を開催したがっているんです。しかし相手側の台湾論者が出てくるかどうか、その予想ができずに困っているようです −−− 今のところ台湾陣営は、大和文華館のY田先生の他に神戸市立博物館のO先生が有力候補です。それ以外には帝塚山短大のO伴さん、この人は心理学の教授ですが、台湾説の有力支持者のようです。こうした方々が、いざとなっても尻込みなさらないように、三杉先生が大将格で参加して下さればいいんです。
いや、私が意見を述べるなら、その前におたくの物を手にとってゆっくり拝見して、そのあとで外国の事情を調べてからです。それからですね。自分の意見を述べるのは。
いやいや、三杉先生。先生は現にたった今、台湾説を持ち出されたのですから、それをそのまま述べてくれればいいんです。先生が出てくれたら、他の先生方も安心して出てくれると思いますからね。ぜひお願いします。
いや、私はやはり調べてからでないと、自分の責任ある意見を言えません −−− そのうちにおたくのものを拝見したいですね。
三杉氏の主張はもっともで、いちいち理に叶っている。こうでなくては学問の方法論とはいえない。他の者も「専門家」を自負するからにはこの程度のことは判っていよう。
しかし、肝心なのは実践だ。普段から心構えができていないから、つい軽率にデタラメなことを口走って波紋を起こす。吉田氏や大伴氏がこの態度を堅持していたなら、読売も大虚報事件に踏み込めなかっただろう。
どうぞいつでもご覧下さい。以前からそう思っておりました。そのときは、赤絵の壺でも前にしながら、このベンガラはどうかとかこの胆礬はどうかと、活発に討論しましょう。そうすればきっと勉強になりますよ −−− お互いに。
いや、私はじつはケミストリ(化学)には、まったく弱いんです。
化学製品である陶磁器の鑑定に際して、窯業化学をまったく避けることは考えられない。これは三杉氏の謙遜であろう。
いずれにしても、今回はマスコミ屋さんには、自分のやったことの責任は取って頂くことになるんでしょう。社会的、法律的それに経済的 −−− 。
いや、そんなにことを荒立てずに −−− 落合さん。陶磁愛好家が、こんなことで角をたててもしようがないですよ。
三杉氏の穏便論の根拠がはっきりしない。落合氏はふと、三杉氏が読売の坪井たちから依頼されているなと感じた。
道を歩いていたらいきなり糞尿を浴びせられたのと同じですよ。黙っていられませんね。
それはあなた、糞尿を掛けられるような道を歩くから、いけないんです。
落合が蒐集にあたって、見慣れない品に偏ったのがいけないという。業界が納得する種類に限って集めれば良かったのに、との意味だろう。
そんな理不尽なことがありますか。あれこれ夜店を漁って、安く拾い集めたものを展示したわけじゃない。こういうものが昔から紀州にあるから、なぜあるんだろうと思って研究して発表してきたんです。
はあ? そうですか。
三杉氏には会の資料を提供したのに、この応答だ。紀州ものの来歴を捏造と見ていたのか。
今回の岸和田店にしても岸和田市の方が私よりも早くから、モノを知っていたんですよ。あそこには何も飾るようなものがないから、以前から天守閣で展覧したいと思っていたが、所有者の了解がとれなかった。その後ですよ。私が管理するようになったのは −−− 。
ははあ、もうその頃から仕掛けが始まっていたんですか?
『仕掛け』などとは、紳士が普段用いる言葉ではない。黙って聞き流せない。
仕掛けとおっしゃるんですか? そのような見方をなさるんだったら、とても話になりませんね。
落合氏はそこで電話を切ったが、しばらくしてまた三杉氏から電話が来た。その後、約1時間も話が続いた。
古陶磁の年代なんてファジーなもんです。だれも確実なことをいえない状況では、どちらともつかないままでいいじゃやないですか。この世界では、めくじらたててもしょうがないですよ。
今回、あれこれと言われたけれど −−− 落合さん。あなた、それをこの世界の授業料だと思うことですよ。
業界の仕組みをよく物語るものであるが、社会的な公正さに敏感な一般人には了解されにくい。清濁あわせ飲む大器量人しか口にしにくい教訓だ。
偽物扱いされたことが、授業料になるのですか?
結局、電話は押し問答に終始した。三杉氏にいくら説得されようとも、引っ込むわけにはいかない落合氏の立場だった。
三杉氏は、共通の友人である作家の細野耕三氏に毎日のように電話をしてきて落合氏を説得させようとしたようです。

 

三杉氏

細野氏(作家:銅紅釉磁器研究家)

細野先生。あれはやはり、台湾製のようですね。
いや、台湾にはあんな土はありませんよ。伊万里の白焼を輸入して絵付けだけしているほどですから。
いや、げんに台湾で、絵付けを指導してきたという人を知っています。実は、−−− 以前その方から聞いたことがあります。
三杉氏の台湾説の唯一の根拠がこれのようだ。
翌日、三杉氏から細野氏にまた電話があった。
九谷焼をやっている金沢の利岡晃さんに改めて聞きなおしてみました。そしたら、自分は台湾へ指導にいったり、人を呼んできて日本で勉強させたりしたが、台湾では技術が低くて、とてもあのようなものは無理だといわれました。台湾説はこれで完全に消えました。私はこの件から降ります。


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