●経緯


8)O伴教授との電話

●読売新聞にコメントした1人が大和文華館のY田学芸部長であることが判明したため、落合氏はさらに追求を行いO伴氏の自宅を探し出して電話をしました。
*O伴氏も実物を見ないでコメントしている事がわかりました。
*それにしても、「ここだけの話やが、ものはええんですか?」には参りました。
→ 自分の意志ではなく誰かからの指示で行動していた事が明白ですね。

落合氏

O伴教授

読売新聞らの行為は、刑法233条の信用毀損業務妨害罪に該当する。貴殿がその共犯に当たるか否かを知りたいので電話した。
この一言で、O伴氏はあきらかに脅え、声は小さくなった。
読売は専門家が贋作だと指摘したと言っています。それはどなたかと思っていたんですが、O伴先生でしたか?
専門家というより、まあ研究家ですな。
何だか謙虚である。
それならわたしも研究家です。ところでO伴先生は岸和田市に対して、どういうクレームをつけたんですか?
おたくの中国もんも李朝も、あまり見たこともないもんや。わしらの経験からすると、もひとつしっくりせん。そやからそんな珍しいものやったら、一度ちゃんとした学者に見てもらったらどうや、と岸和田市にこう申し込んだだけや。
それだけですか?
それだけや。そしたら、教育長が頼り無いことばかりいうて、もひとつ態度がしゃきっとせえへん。中国の学者にほんまに鑑定させたんかいうても、何かこう、歯切れが悪い −−− そやけど市側がわしの名前を出すのが条件やというから、そんなら撤回するというて、帰ってきたんや。
それ位のたわいなことで、読売新聞ともあろうものが、あれだけの大きな紙面を作れる筈がない。
しかし、あらためて鑑定するとなると、簡単にはいかんでしょう?
そうですな。わしが鑑定するとしたら、最低でも3日かけます。まず手取りから始めて −−−。
読売はO伴先生が、再鑑定を市側に申し入れたというんで、それを口実にしてあの記事にしたんですよ。
わしは読売とは何も関係ない。新聞も自分で買って読んでる位やから −−− 読売はわしのことをどこかで聞いたんでしょうな。
坪井らを帯同して自ら教育長へ押し掛けていながら、すぐばれる嘘を平然という。大した役者だが、それだけ落合たちを軽く見ているようだ。
いや、T井さんに聞いたらO伴先生の名前が出たもんで −−− 。
何や −−− そんならあんたは読売とは連絡ついてんのですか。
O伴教授は今ついたウソがばれても平然としている。やはり役者である。
勿論、毎日電話でやりとりしていますよ −−− とすると、先生は匿名条件が受け入れられないので申し入れを撤回した。それなのに読売は『再鑑定を申し入れた』とウソを書いた。しかし、先生がそういう申し入れをしたということだけが根拠で、読売はあの記事を書いたんですよ。
そんなことなら、読売はおかしい。わしは今から抗議するつもりや。
落合氏は判断に苦しんだ。O伴は読売に利用されただけなのか、それともO伴が読売を抱き込んで始めたことなのか?
落合氏が考えている時、O伴氏が話題を変えた。
ときに、ここだけの話やが、ものはええんですか?
これには落合氏も少なからず驚いた。台湾説流布罪の有力容疑者が、みずからこんなことを言い出すとは。
勿論ですよ。その来歴は『乾隆帝の秘宝』という小冊子に書いてありますが −−−
それも読ましてもろうたけれど −−− それであんた、誰から買いなはった。
それは −−− 元々あったお家から −−− 直接もあるし間接に回ってきたものもある。転々しましたからね。会員から預かってあるものも多い −−− その間の事情は、この電話ではいえません。
いつごろですか?
もう、20年になりますねえ。
まだ、今でも持ってはるやろか?
それはもう無いでしょう。14年前、光悦の茶碗が出た時が最後だったようです。
わしも会いたかったなあ。
語るに落ちた感があった。

 


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