●経緯


青字は落合氏のコメント

1)プロローグ

●「東洋の官窯陶磁器展」は平成4年10月24日から11月15日まで開催されましたが、読売新聞の妨害運動はそれ以前から画策されていたようです。
  1. 最初の接触

    10月29日(木)の夜、夜10時頃岸和田郷土資料館館長熊田泰治氏の自宅に、読売新聞堺支局のT田と名乗る記者から電話が来た。
    「展示会の図録を専門家に見せたところ『これはすべて贋物だ、5m離れて見ても判るものだ』といわれた。こんな意見がある以上、市側は展示会を再検討して取り止める所存があるか、どうだ?」
    大新聞らしい正常な取材ではなく、はじめから脅迫めいていた。
    熊田館長は、「そんな予定はない」と答えたが、T田記者は「持ち主は誰か?」、「誰が関与しているか?」などの質問があった。
    熊田館長は知っている事実の通りに答えた。


  2. 小坂記者の接触

    10月30日(金)、岸和田在住のK坂渉記者が新屋隆夫氏の自宅を訪問。新屋氏は、自分の経歴を話した上、自著や講演歴を詳細に説明し、昨年楊根教授が和歌山市を訪れた時の写真などを見せた。さらに展示会場まで同行し、解説を行った。K坂記者は「いや、すっかり判りました」と言って帰った。
    読売の取材は新屋どまりであった。紀州側にはまったく何の取材もしに来ない。こんな不自然なことはない。落合氏はその状況に読売の悪意を感じ始めていた。
  3. 小坂記者の策動

    K坂記者が岸和田市に「展示品が明代の製品という証拠はあるのか」と言ってきた。
    連絡を受けた落合氏は出版社の東興書院に依頼し、落合氏が楊根教授に出した「嘉靖銘の五彩はひょっとして清朝康煕年間の倣古品ではないか?」との質問に対する「間違いなく明代の真品だ」という内容の返信書簡をK坂記者宛にFAXしてもらった。
 


岸和田贋作事件に戻る (Since 2000/06/03)